第5話

 一人目、さっさと済ませようぜ。二人目、大岩籠り。三人目、さあ抱け上裸男。


 この後宮に碌な人間なんていないんじゃないか。ここは人間の捨て場なんじゃないのか。何千人を勝ち抜いた問題児を集めたのか。知略に秀でた人間はどこへ行った。


 もうこの後宮に火をつければ全部終わるんじゃないか。


 そんな私の鬱屈とともに海帝を振り切り雪ノ宮に向かうと、至極まっとうに見える二人に迎え入れられた。


「わたしたちが四人目、五人目ですか。もう海帝には会われましたか?」

「ここに来る途中で抱き着かれたばかりです」

「それはそれは」


 男官に頼ることなく茶を入れ、こちらへ微笑みかけるのは星帝リーロンだ。白桃色のさらさらとした髪に柔和な面立ちをした彼は、華奢な眼鏡をかけている。その黄金色の瞳もあいまって、とても理知的な印象を受けた。


 彼の身を包む紅蓮の衣も、鉱石を伴った宝飾が多いというのに、着ている人間によってこうまで品のいい印象を受けるのかと思う。正直なところ、人の言葉が通じ、こちらに襲いかかってこないだけで評価が上がってしまう。


 その一方で黙秘を貫いているのが、この宮の主である雪帝だ。頭巾付きの真っ白な装束を羽織る彼は、目の覚めるような冴えた青髪をしている。


 中途半端に装束についた頭巾を被っていて、髪色をそのまま透かしたような青白磁色の瞳はけだるげ。こちらへの無関心をまったく隠していない。でも、服は着ているし、「抱け」とか「さっさと済ませようぜ」などと言わないから、まるで善人のように思ってしまう。


 しかし、気になることがいくつか。


「なぜ星帝が、雪ノ宮に?」


 雪宮に訪れた際、星帝は当然のように雪帝の隣にいた。星帝があまりにも自然にふるまうものだから、そのまま三人での顔合わせに突入してしまったが、意味が分からない。


「晴宮から星ノ宮は距離がありますからね。自ら晴宮に赴くのはまだしも、雪宮で待っているくらいはいいだろうと思いまして」


 災いのような三人との対面の後だからか、行動は置いておいてまともな返答に安堵すら覚える。意思疎通ができる人間がいることは救いだし、救いとしか思えない今の状況に吐きそうだ。


「お気遣い頂きありがとうございます。確かに。晴宮と星宮ではかなり距離がありますから、助かりました」


 微笑みながら、相手の様子をうかがう。


 月ノ宮と海ノ宮は、地図で言うなら晴宮の上部、東と西に陣取っている。一方雪ノ宮と森ノ宮は晴宮をはさむように位置している。下部には星ノ宮があるが、この宮だけ独立するように少し離れた位置にある。かといって、わざわざ他人の宮で待つほどの距離ではない。


「おや」


 不審に思っていると、星帝は私の前に置かれた茶器へ視線を向けた。


「お茶は宜しいのですか?」

「実は、四軒目となると中々厳しく……申し訳ございません」

「こちらこそ気が回らず、すみません」


 星帝は頭を下げた。妹は、どんなふうに星帝と接し、また星帝は妹へどんなふうに接していたのだろう。


 彼は妹に、同じように楚々として接していたのか、妹に合わせていたのか気になる。


 森帝は、言わずもがな。さっさと済ませようぜと妹は、漠然と想像できる。おそらく「済ませようぜ」が苦渋を飲まされたのだろう。「さあ抱け」は、まぁ整った面立ちをしていたし、気に入られていた気がする。雪帝も今のように自己主張をしなかったなら、妹は好むはずだ。あれは言いなりになる者が好きなのだから。


「私の趣味はご覧のとおり茶を淹れることですが、雪帝の趣味は調香なのです。彼はとても鼻がいいんですよ」


 調香。貴族らしい趣味だ。この後宮に入るまで貴族らしい人間と話をしたことなんて殆どなかったけど、香りにまでこだわるところが貴族らしい。


 香りなんて、毒かそれ以外かしか関心がない。私にとって嗅覚は楽しむものではなく、危険を察知する装置だ。


「試してみますか? とても腕のいい調香師の品物ですよ」


 星帝のすすめに、私は軽く手を振って香りを手繰り寄せ、鼻を近づけた。


「いい香りですね」

「そうでしょう。心を落ち着かせる効能があるのです」

「なるほど……では今度、森宮の森帝様に差し入れして頂けませんか? あんなに大きな岩で出入り口をふさいで、閉じこもっているのは心によくないと思いますので」


 そう返すと、星帝は渋い顔をした。


「彼は繊細ですからね……環境を変化させてしまえば、この宮が壊されそうで、ははは」

「残念ですね。どうにかして彼と会話が出来たら……と思っているのですが」

「私や雪帝も時折、赴いて声をかけてはいるんです。ただ、中々うまくいかず……人の心は難しいものです。でも、シオン様はお優しいのですね」

「え?」

「出会って日もない森帝を、こうして労ってくださるのですから。そんな貴女と出会うことが出来て、嬉しく思います」


 そう星帝が語る一方で、雪帝はずっと押し黙ったままだ。


 目の前の私にも関心を持つことなく、ぼんやり外を見ている。


 彼に視線を合わせれば、外には梅の花が咲いていた。私が顔をそらしたことで、星帝も窓辺に咲く花へと顔を向けた。


「この後宮の花は大きく分けて二種類あるというのはご存知ですか?」


「二種類?」


「はい。五枚の花弁を持つものと、六枚の花弁を持つ二種類です。六枚の花弁を持つ花を厨房の兄弟が揃えていましてね、珍しいものですから箔がつくとかで、あちらは食うに困る者たちですから余計見つけづらくなってしまって……良ければ探してみてください」


 星帝の言葉を聞きながら、私は花へと視線を戻した。六枚であれば、箔が付く。おそらく売っているのだろう。都から遠い地で買い叩かれる野草が、仲介業者を通して高値で都に売られ、貴族が口にしているというのはよく聞く話だ。さらに、仲介業者は本来の報酬よりずっと低いはした金を渡して、富を得ているなんて話も聞く。


 しかし、なぜ後宮の食を担いながらも調理番が食うに困る必要があるのか。後宮の中は、最低限の生活が保証されているものではないのか。


「美しいですよね。自然のものはどうしてこうも人の心をとらえて離さないのでしょうか」


 星帝は、ほうと息を漏らした。こちらに視線を流してきて、私は軽くうなずく。


「ええ。私も美しいと思います」


 私は後宮の金のめぐりを考えながら、星帝、雪帝と語らい、時間を過ごしたのだった。 

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