第4話

「はぁ」


 適当に決めたあいさつ回りの順番だけど、二人中二人にしっかりと問題がある。あとの三人とまだ顔を合わせてはいないといえど、あとの三人もおかしいんじゃないか疑ってしまう。


 初手に「さっさと済ませようぜ」だったのが駄目だったのかもしれない。月ノ宮に行くのは最後にすればよかった。


 それに、なにより不安が増すのは女官の態度だ。明らかに帝に不適合な者でそろえられているとしか思えないのに、変わらず私につく女官は表情ひとつ変えず、ただ楚々として自分の仕事に徹している。


 まるで新しい皇帝が訪れたことで後宮が乱れているのではなく、あれがいつも通りだというように。


 ただでさえ重い装束が鋼でできている様に思えてきた。


「次は、星ノ宮に──」


 女官に言われ、私は馬車へと乗り込もうとする。


「ちょおおおおおおおっと待ったあああああああああ!」


 しかし、獣のような速さで何者かがこちらにかけてきた。護衛の武官は一度構えた後、警備の手を緩める。私は懐にしのばせておいた短刀に手をやろうとするけれど、それより早い速度で距離を詰めてきたその不審者は、私に抱き着いてきた。


 ぎゅうぎゅうと、それこそ怯えた幼子が母を抱きしめるような体勢だが、その腕の力が尋常ではない。女官も武官も見ているばかりで、何かと思えば筆頭女官が近寄ってきた。


「海ノ宮の海帝様です」


 名を聞いて、だから武官が手を緩めたのかと納得した。不審といえど後宮の人間を切るわけにはいかない。正しい判断だろう。女官の立場なら。


「俺から来たぞ新しき皇帝よ!」


 端麗な顔立ちなんだろうと思う。背後にいる女官は、筆頭女官以外呆れではない溜息をもらしているのだから。


 歳は私より三つほど上だろうか。生い茂る新緑を思わせる瞳も、冴えた橙色の髪もこちらがまぶしくなるほど鮮やかだ。両腕にはしなやかな筋肉を彩るように柄が這っており、浮世離れした魅力を感じるのだろう。


 でも、上裸だった。


 下は海の多い国で着用の多い混ざりけのない色味と柄を組み合わせた装束だ。懇切丁寧な刺繍が施され、貴族であることを証明している。


 でも、上裸だった。


 上着はどこかへいっており、鍛え上げられた腹筋が見えている。


「さあ抱け! お前の寝所に連れていけ! 俺を新しき皇女の父にしろ!」


 からっと晴れた太陽を思わせる笑顔に眩暈を覚えた。



 もちろん。悪い意味で。

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