第9話 駆け引きの末に

「くくく、さすがにあの樹の苗を取り戻しただけでこの条件は飲めぬか」

「……お前はどうして金が必要なんだ?」

「世界を混沌の渦に陥れるためだ」


 ロックは黙って我の答えを聞き考え込んだ。

 隠しても仕方ないから本当のことを堂々と教えてやる。

 この我の潔さ、まさに魔王!


「我が野望のためにはどうしても金が必要になるからな」

「……ぷっ、ははははははは」

「な、何故笑うか貴様ぁ!」

「すまんすまん、嘘にしても現実味がなさ過ぎて思わず笑っちまった。何のために世界を混沌の渦に陥れたいんだ?」


 何のため?

 うーむ、そういえば考えたことがなかったな。我は何故そんなことをしたいんだろうか?


 約500年前天界の神々に戦いを挑んだのも特に理由はなかった。ただなんとなく戦ったら地上に落とされ、天界にいけなくなったから、じゃあ地上を混沌に陥れようと思っただけだからな。

 

 理由があるとすれば考えられるのはひとつだ。


「我が魔王だからだ」

「…………く、ははははははは! お前面白い奴だな。そうか魔王か、さっきも言ってたな。まぁでかい夢を見るってのは大事だ、それを否定したりはしねぇ」


 その割に大笑いしてるのは気に入らんがまぁ良かろう。

 ロックはひとしきり笑うと息を落ち着かせて真剣な表情になった。


「だが悪いが今俺たちは誰かに施しをしてやれるほど余裕がない。俺たちにはやらなきゃいけないことがあるからだ。だからすまん、お前の条件は受け入れられない」

「ほう、我が口を滑らせてこの国の兵士に、先程の苗の話をしてしまってもか?」

「ああ、そうだ」


 ほう、この若造はランツの時とは反応が違うな。

 それだけの覚悟で戦うつもりか。

 だが、それじゃ我が困るぞ!

 我も金が必要だ、混沌のために、ターニアに生活費を払うために!


「それならば我が貴様らの手助けをしてやるというのはどうだ? 我が貴様らの『茶色い雀』……じゃなかった『野獣の牙』に入って貴様の野望を手伝ってやろうと言っているのだ。どうだ、これなら悪い条件ではあるまい」


 ロックはまたも考え込む。

 えぇいこれでもダメなのか!? こやつ頭が固いな、まるで岩のようだ!


「……本当にお前が兵士に話すとまずいからな。わかった、お前の『野獣の牙』入団を認めよう」


 意外と柔軟な頭だった。前言は撤回してやろう!

 それは置いておいて、やった、やったぞ!

 我、早くも仕事にありつけたぞ!

 ふはははは、これが魔王の実力だ!


「階級は団長でよいぞ!」

「はぁ? バカ言ってんじゃねぇ、それは俺だ」

「ぐぅ、やはりそこは譲れんのか」

「当たり前だ!」


 では何が良かろうか副団長……はこやつの下に就くことになる。それではだめだ、我魔王だし。他には他には……。


「入ったばかりならやっぱり……」

「その先は言わせぬ、下っ端などとは絶対に言わせぬぞ! えっとえっと、あれだ、野望を叶えるための特別顧問で許してやろう!」

「いや……そんなのいらねぇけど、嫌なのはわかるがそんなに嫌なのか」

「嫌に決まっておろう! 我、魔王ぞ!」


 危うく下っ端にされるところであった。

 そんなのは我も世界も許せるはずがない。


「わかったわかった、じゃあ特別顧問で良い。そのかわりちゃんと働いてくれよ」

「くっくっく、わかれば良いのだ」

「んじゃまぁ俺はこの後、会食があるから今日はここまでにしておこう。仕事に関しては明日またここに来てくれ。その時に説明する」

「うむ」


 そう言ってロックは去って行った。

 これ以上ここに居ても仕方ないだろう。我も拠点に帰るとするか。

 我は良い気分のままいろいろあった市場を後にした。


「ということがあったのだ」


 夜、拠点であるターニアの家に帰ってきた我は、食事をしながら今日の出来事を話していた。


「どうしていきなりそんな危険なことをしてるんですか!?」

「魔王に危険は付きものだからだ」


 どうやらターニアには刺激の強い話だったらしい。

 もっと仕事が見つかったのを喜んでくれても良いのに。


「だからってお店に乗り込んでケンカしてきたなんて普通じゃないですよ。それにその樹の苗木はその、危ない薬の原料になる苗木なんですよね?」

「うむ、とってもハイになる薬の原料だな」


 ターニアは深いため息を吐いて食事を続ける。

 危険な薬にはなるが我が使うわけではないからな。今頃は闇取引で武器に変わっているだろう。


「あんまり危険なことに関わっちゃダメですよ。ここは王都なんですから、捕まって牢屋に入れられるか街を追い出されちゃいますよ」

「気にするな、いずれこの王都も混沌に飲み込まれそれどころではなくなる。そして王も民も我にひれ伏して、この国は我のものになるのだ。ふははははは!」


 再びターニアは深いため息を吐いていた。

 楽しみだ、実に楽しみだ。早く世界を混沌の海に叩きこみたいぞ。


「そんなことはさせません」


 ふふん、小娘ごときに我を止められるはずがない。

 すべてはこの肉のように我に食われる運命なのだ。

 肉の皿に手を伸ばして肉にフォークを刺す……あれ、肉がないぞ。

 想像の世界から戻ってきて視線を動かすと……。


「今度こそあなたを消して、もぐもぐ、この世界に真なる平和を築くのよ」

「……貴様何をしておる、くそ女神レリアよ」

「お肉を食べてる。おいしいわぁ、お料理上手なのねターニアちゃん」


 女神レリアは笑顔でターニアの料理の腕を褒めていた。

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