第8話 獣の牙との出会い

「ぜはー! ぜはー!」


 『白い鳩亭』を出た我は傷の痛みを我慢して走る。

 追っては来てないから大丈夫そうだが、もう少し『白い鳩亭』から距離を取っておいたほうが良いだろう。


 おのれ人間どもめ、この魔王があんなちゃちな戦法に引っかかるとは情けない!

 それにしてもあの無精ヒゲの剣士はなかなかのやり手だった。後ろから蹴られてなくても、レベルの低い今の我では苦戦していたかもしれぬ。


 しかし次に会った時は必ず仕留めてやるぞ。

 我は心の中の抹殺リストに無精ヒゲという名を刻み込んだ。


 それと退くためとはいえ闇の力も使ってしまったしな。

 ぶさいくな猫の刻印の数字は4から3へと減ってしまっている。

 これ以上減らしたくはないが……。


 大きく息を吸い込んで大きく吐き出す。

 俗にいう深呼吸を繰り返し意識を痛む傷へと向けた。

 我が息を吸い込む度に傷口がみるみる塞がっていく。

 何度か深呼吸をし続け無精ヒゲに斬られた傷を回復した。


 ふー、痛かったぞ。

 しかし闇の力があればこの程度の傷も超回復であっという間に治ってしまうのだ!

 ふはははは…………闇の力?


 そっと左手を持ち上げてぶさいくな猫の刻印を眺める。

 額にははっきりと2の文字が浮かび上がっていた。

 何ぃこれもレベルが下がるのか!?

 我、下手に深呼吸できない体になってしもうた。


 くそ女神レリアの嬉しそうな顔が思い浮かぶ。

 ぐぅぅぅ、あのくそ女神ぃぃぃ!


 と、嘆いていても下がってしまったレベルは戻らないし、また上げれば良いだけだから、今はともかく取り返した木の苗をランツに届けて恩を売るぞ。

 空を見ると陽が西へ沈むために傾いている。

 18時には十分間に合うが急ぎ気味に走って市場へ向かった。


 今朝ランツと別れた辺りまで戻ってくると、ランツと朝の三下ではない誰かが話をしているようだった。奴らの足元には大きな箱が置かれている。丁度抱きかかえてる樹の苗が入るくらいの大きさだ。


「……すみません!」

「……もういいランツ。とにかく取引までもう時間がない、俺は取引相手に時間をずらしてもらえるように話を付けに行ってくる。お前は引き続き例の物を探すんだ」

「ランツよ、その必要はないぞ」


 我の声に反応してランツと、赤髪の黒いロングコートの若造がこちらを向いた。抱きかかえている苗を見て2人の目が見開く。


「お前は誰だ。どうしてそれを持っている?」

「あ、今朝の変な人!」


 誰が変な人だ失敬な小僧だ! この苗投げ捨てるぞ!

 ……まぁいい、とにかく要件を済ませてしまおう。


「ふん、どうやらこれが盗まれた物で間違いないようだな。それとだ若造よ、相手に名を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀だぞ」

「……これは失礼した。俺の名はロック『野獣の牙』という店の頭を張っている」


 ほほう、こいつがランツの言っていた兄貴分で組織のボスか。

 身の程をわきまえることはできるらしい。

 それでは我も名乗るとしようか、くっくっく。


「我が名は魔王ヘキサ、この世界に混沌を招く者だ!」


 決まった。

 今が500年後の世界とは言え、さすがに我の名くらい知っておるだろう。

 こやつらは今に震えあがるに違いない。


「ランツ、こいつは何を言ってるんだ?」

「わ、わかりませんが魔王ヘキサって500年前にいたとされる魔王……ですよね」


 おかしい、あまり震えあがってないぞ。むしろまったく震えあがってないぞ。


「ともあれヘキサと言ったか。礼を言う、お前がそれを探し出してくれたのか」

「その通りだ、我がわざわざ『黒……ぶぼぉ!?」

「ありがとうございます、ヘキサさん! おかげで助かりました!」


 突然ランツが我の口を押えた。何のつもりだこの小僧。

 ランツは樹の苗を奪い取ると目で何かを訴えかけてきた。

 なんだ、このロックというボスには、樹の苗が『黒い鴉』に盗まれたことを知られるとまずいのか?


「ランツすぐにブツを兵に見つからないように馬車へ積め」

「はい!」


 ロックの指示でランツが箱に苗木を入れるて運んでいく。

 その際にしきりに我に目でサインを送っていた。

 よくわからんが黙っていれば良いのだろう、わがままな小僧だ。


「改めて礼を言わせてもらう。あれは俺たちにとってとても大切なものだったんだ。探し出してくれて助かったありがとう」

「くっくっく、国が違法としている薬の苗木だ。まさか礼だけで済ませる気ではないだろうな」


 ロックは口をつぐんで黙り込む。

 くくく、店などと言っておったが貴様の立場はもうわかったのだ。

 逃がしはせんぞ……。


「お前も、こっち側の人間なのか」

「半分正解で半分はずれだ。我は人間ではない、魔族だ」

「魔族だと……確かに言われてみれば、エルフに近いがよく見ると違うな」


 そうであろう、そうであろう。

 エルフなんぞと同じにされては困る。

 ロックは顎に手を当てて静かに質問してきた。


「何が望みだ?」

「くくく、端的に言えば金だ、日々の暮らしを安定させるための金が必要だ」

「それを俺に払えと?」

「物分かりが良くて助かるぞ」


「いくら必要なんだ、俺で支払える額なら」

「おっと、金は必要だがはした金ではない。今後まとまった金を定期的に渡してくれればそれで良い」

「どういう意味だ?」

「我を貴様らの組織に1枚噛ませろと言っているのだ」


 我と『野獣の牙』のボス、ロックはお互いに相手の腹を探るために、黙って相手を見つめていた。


 それはそうとこやつらの組織名が『茶色い雀』じゃなかったのがすごく残念だった。

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