第2話 500年ぶりの邂逅

「あ、あの、どうぞ」


 小娘が淹れたての紅茶を差し出してきた。

 甘い香りが鼻腔をくすぐり気持ちが少し楽になる。

 使用されたティーポットはもちろん我が封印されていたものだ。


「えっと……あなたは本当に、500年前に勇者アーレスによって封印された魔王ヘキサ、さんなんですか?」

「そうだ。我こそが偉大なる闇の魔王ヘキサだ」


 500年。小娘は我と勇者アーレスが戦い封印されたのは500年前だと言った。

 そんなに永い時間を、我はティーポットの中で過ごしたのか。

 考えるだけではらわたが煮えくり返りそうになるな。


 ともあれここは我の知っている世界ではなく、500年後の未来というわけだ。

 この小娘が我をあまり知らないのも無理はない。


「でも魔王ヘキサさんって、その、思ったよりお若いんですね。私はもっと高齢の方だと思ってました」


 我が若い? もっと高齢だと思ってた?

 バカにしているのかこの小娘は。

 我は300年は生きている、その後500年封印されてたから800歳くらいか。


「さすがの魔族でも800年も生きると老いぼれだ。それを若いなどと……世辞はいらん」

「え、すごくお若いですよ。人間でいうところの20歳くらいにしか見えません」

「……は? おい小娘、鏡はあるか」

「あ、はい持ってきます」


 ぱたぱたと奥へ向かった小娘は、少し待つと手鏡を持って戻ってきた。


「はい、どうぞ」


 手鏡を受け取り、そこに映った自分を覗き込む。


「んな!? 本当に小僧の頃の我ではないか。貫禄が……魔王としての貫禄が失われておる!」


 年老いて白くなっていた髪は黒くなり、顔のシワや染みも消えている。

 まだ魔王を名乗る前の未熟な頃の我がそこにいた。


 一体どうなっている?

 何故我は若返ってしまっておるのだ。


『嫌な気配がしたと思ったら、やはり封印が解けてしまったのね』


 突然頭の中に声が響く。

 どうやら小娘にも聞こえているらしい。驚いて周囲を見ている。


「だ、誰!?」


 小娘が声が知らぬのも当然だろう。

 だが我はこの声を憶えている……いいや、忘れてなるものか!

 この憎たらしい声、絶対に忘れぬわ!


「貴様……どこにいる、姿を現せ女神レリア!」


 椅子から立ち上がり叫ぶと、テーブルの上に青白い光の玉が浮かび上がる。

 それは空中で渦巻いて長い髪の女の姿に変わっていく。

 我はひゅっと後ろに飛び退き青白い光の玉から距離を取った。

 そいつは肩にかかった空色の髪を払い我を睨みつける。

 

「くっくっく……500年ぶりだな、会いたかったぞ女神レリア」

「残念だけど私は会いたくなかったわ。500年ぶりね魔王ヘキサ」

「……あわわわわ」


 小娘がアホ面で我らを見てるが放っておこう。

 互いに睨み合い空気がぴりぴりと震える。

 少しの間そのままじっと対峙し続けていたが、僅かに微笑みを浮かべ女神レリアが口を開いた。


「魔王ヘキサ、あなたが若かりし頃の姿に戻っている理由を知りたい?」

「貴様を殺せさえすればそんな些末なことなど気にせぬが……せっかくこうして500年ぶりに会えたのだから聞いてやろうではないか」


 女神レリアは何かを知っているようだ。

 我がこんな姿になったのはこいつの仕業なのか?


「決戦の最後、あなたは封印された時のことを憶えてる?」

「ふん、もちろん覚えているとも。忘れたくても忘れられぬ記憶だ」


 我はこの女神と人間の勇者に負けたのだ。

 まるで昨日のことのように脳裏にあの時の記憶が蘇る。


「あの時、あなたは勇者アーレスの聖なる力と私の祝福を受け、封印の器に封じられた。そして封印の器の中であなたの闇の魔力を吸いだし続けた。その結果、闇の魔力を失ったあなたは未熟な頃の体になってしまったわけ」

「くっ、封印の器にそのような力があったとは……ただのティーポットかと思ったが、封印の器はただのティーポットではなかったのだな」


 女神レリアはきょとんとした表情で、ティーポットにしか見えない封印の器を見てから我の顔に視線を戻した。


「いいえ、それは普通のティーポットよ」

「な、なにぃぃぃぃぃぃぃ!? ということは……我は本当にただのティーポットに封印されてたと言うのか!」

「うん」


 うがあああああああああああ!

 即答しおった! こいつ即答しおったぞ!


「そんなことより、あなたの魔力を吸いだしたのは、この女神レリアの祝福の力なのよ!」

「そんなこと、ではない! 我にとっては非常に重要なことなのだ! おのれ……本当にただのティーポットだったとは……ぐぬううう…おのれおのれえええ、許さぬ、許さぬぞおお……!」

「なんか変なスイッチ入っちゃったみたいだけどまぁいいか、とにかく私の祝福の力で今のあなたはあの頃のあなたのように強くはないのよ!」


 ドヤ顔で胸を張る女神レリア。

 憎たらしい……なんという憎たらしい女神だ!

 しかし……だ。


「ふん、本当に我の闇の力がなくなってしまったのか、今ここで試してやろうではないか」

「ふふふ、望むところね。ここで自分の無力を思い知るがいいわ魔王ヘキサ」

「ええええええええええええ!? ちょ、ちょっと、待ってください! ここで戦うんですか!? ここ私の家!」


 なにやら小娘がわめいているが、今はそれどころではないから放っておく。

 精神を集中し体の奥底から湧き上がってくる闇の力を右手に溜める。

 墨のような真っ黒な雲が右手を覆い、バチバチと闇の雷を発生させた。


「後悔してももう遅いぞ、女神レリアああああああああ!」

「きゃああああああああああ! 私の家がああああああ!」


 我は女神レリアに向けて最大級の闇の雷を放った。

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