禍福はあざなえる縄のごとし
扉を抜けた区画。
危険な区画である事は間違いないところだが、実は探索者に優しい部分もあるのだ。
何しろ、通路の足元に灯りが灯されているのだから。
弱い光ではあったが、今までの暗闇と比べれば雲泥の差だ。
そして探索のやり方も通路を進むと言うよりは、各部屋を調べてゆく――こう言った方が実情に合うことになるだろう。
この「部屋を調べる」という探索方法の変化が、探索者たちの欲望をさらに煽るのだ。
例えばマコトの持つそりが入った長剣。
こういった区画から発見された事は有名だ。
それにデニスの持つタワーシールドもそうだし、カゲンドラに至っては、そういう貴重な武器や武具を多数所持していると言われていた。
カリトゥももちろん、そのような貴重なアイテムを持っているが、それを自慢したりはしていない。
恐らくは、カチューシャなどの装身具と言われているが……
実際、
つまり、この区画でミランが適したアイテム――マコトのような剣が最有力になるが――を手に入れることが出来れば、いよいよ、などとも言われている。
デニスとエクレールが先に進むことを決めたのは、ミランにそういったアイテムを手に入れて貰いたいという希望もあってのことだろう。
それに何より、カリトゥの手配とアイテム管理によって、リソースにずいぶん余裕がある事も大きい。
これでは引き返す判断をすることも難しいだろう。
▼
いつも通り、デニスを先頭にして進む。
その側にいるのは、カリトゥだ。
やはりカリトゥの知識は貴重だ。
ミランは軽装なので、簡単に位置を変えることが出来るという計算もある。
何しろ、この区画は道幅も広くなっているのだから。
そうやって、デニスのパーティーは初めての地点に到達した。
カリトゥが以前休息に使った部屋ということで、とりあえずと言うことで設定していた目標地点ではあるのだが――
「まだ余裕があるな」
「その余裕があるウチに、帰るのがセオリーでしょ?」
再び話し合うデニスとエクレール。
だが、ここで野営をするという段取りはない。他のメンバーも準備をせずにフラフラと動き回っている。特に経験の少ない4人は浮かれ気味だ。
ここに来るまでの間に、プナムが強力なモンスターをデニスやシーラのサポートもあり倒すことに成功している。
ということは、膨大な
それに協力した他の3人もそれぞれ報償を得ている。レベルアップも確定的だろう。やはり、この区画での戦闘は見返りも大きい。
他にジーバンは手先の器用さを上昇させる手袋を持つことになった。
これでは興奮しない方が無理というものだ。
「ねぇ? さっきのがバンパイアなの」
そんな雰囲気の中、シーラがカリトゥに話しかけていた。長い髪をひっつめ、手に持っている武器は双頭剣とも呼ばれる特殊なものだ。武器と言うよりも祭器して捉えた方が良いのかも知れない。
「そうですね。レッサー・バンパイアと呼ばれています。確か――」
「そうね。わたしの祈りで確かに弱くなったわ。つまりはそういった
「そうですね。ただ、ちょっと――」
「た、助かった」
不意に、ミランが2人の会話に割り込んできた。
途端にシーラの
「カリトゥ君! 君の意見を聞きたい!」
その合間にデニスから声がかかった。
カリトゥは即座に返事をする。
「引き返しましょう! 実際帰ると判断してからもこの区画では探索するのと変わりませんから。エクレールさんの意見が正しいです」
その答えにエクレールが満足そうに頷いた。
もう十分な成果はあったと判断出来るし、なにより4人が成長したことが大きい。これを繰り返せば――
――このパーティーの向かうべき方向はまだ見えなかったとしても。
▼
そうやって迷い続けた
パーティーは帰路で、ピンチに陥っていた。
両刃の巨大なバトルアックスを構えた危険なモンスター。
しかし魔術を使うことも無く、力押ししかしないモンスターでもある。そうとなればデニスがいる以上、さほど問題では無い。
デニスが攻撃を受け止めている間に、他のメンバーは攻撃し放題になるからだ。
――ではそれが2頭なら?
――それも挟み撃ちされれば?
「ジーバンさん! アスミさん! 自分たちに注意を引きつけようとしないで! 一撃でやられます!」
即座に声が出せたのは、カリトゥの経験の豊かさを物語っている。
そして指示を出したのは、自分と同じスカウトの2人。
そう声を出すことによって、それぞれの職業に併せて動くべきだと訴えていた。
それと悟ったデニスから指示が出る。
すでに向かい合っているミノタウロスは自分1人で押さえ込める。他のメンバーは全力で後ろから来たもう1頭を倒せ、と。
それが大きな指示として、同職のシーラには主戦力になるミランのサポートを改めて指示した。それはシーラに喝を入れる意味もあったのだろう。
さらに改めてカリトゥはポーションの受け渡しなどのサポートを行うように、2人に指示。その合間に、自分自身はミノタウロスの注意を引きつけるべく、両手にナイフを構えた。
そのままミノタウロスの太ももに斬りつける。
次いで、その後を追うようにミランの
だがミランは、ミノタウロスの巨体を阻むだけの力は無い。
また、それが出来る装備でも無い。
「ミラン! 下がれ! シーラはミランに『
「プナムさんは、私と同じように! ミノタウロスに嫌がらせの攻撃を。ダメージはミランさんに任せましょう!」
職業は違うものの、プナムはそんなカリトゥの指示に素直に従った。
何より、矢継ぎ早でも指示が出たことが幸いしたのであろう。全員がパニックに陥ること無く、この事態に対処した。
バトルアックスと、それぞれの武器がぶつかり合って薄暗い通路に火花が散る。
シーラの祈りと、エクレールの魔術。
それぞれに効果はあったようだが、それでも尚、ミノタウロスは強い。
何より、ダメージをたたき出すはずミランのシミターが急所に届かない事が事態を
やがてそれは、鼻息荒く襲いかかってくるミノタウロスに相手に、デニス抜きで戦うことを改めて恐怖させることになるだろう。
「くっ……!」
タイミングを計って大魔術を放とうとエクレールは考えているが、すでに乱戦になってしまっている。
つまり最初から戦術を間違ったのかもしれない――
そんな後ろ向きの想いが、戦いに「不運」を呼び込んだのだろう。
ロヒットはプラムの動きをサポートしていた。
具体的に言うと、ミノタウロスの周りに「
だが、次のストーンスピアが形成されない。
思わず、皆がロヒットへと視線を向ける中で、その顔にはびっちりと汗が浮かんでいた。
――
それが最悪のタイミングで起こってしまったのだ。
ロヒットがミスしたわけでは無い。魔術を扱うからには、そういう可能性もあると知っていなければならない。
だが、そんな風に言い訳を重ねても現実的な救いにはならない。
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