歪みからの詰問

 建造物エリアをさらに細かく区分することは可能だ。

 たとえそれが探索者の匙加減さじかげんであったとしても。


 今回はここまで進んだ。あるいは、あそこまで進もう、などという目安になるからだ。


 ではその区分に客観的な要素がまったく無いかと言うと、それもまた乱暴なとらえ方になる。

 大迷宮を実際に降りてゆけば、目に映る景色は確かに変化しているのだから。


 石壁は崩れかけた部分があったはずだ。

 時には、天井からむき出しの岩石が崩れ落ちている事もあった。


 さらには蜘蛛の巣が何重にも張られていて、しかもほこりっぽい。


 建造物エリアはそういった雰囲気であったのに、進んでいくうちに綺麗になる。


 風景がこざっぱりとしてゆき……つまるところ整理されてゆくのだ。

 手入れされていると言いえてもいい。


 探索者たちは、その変化に恐れを抱くと同時に何か貴重品、もっと言ってしまえば財宝があるのではないかと期待に胸ふくらませる。


 そして、そのはそれぞれ報われる事が判明していた。


 こんな風に整理された区画から財宝や貴重な装備品、あるいは装飾品を持ち帰った探索者は存在するのだから。


 その一方で、この区画に現れるモンスターの餌食となり、存在を消されてしまった――そう考えるしか無い――探索者もいるのだ。


 まさにハイリスク・ハイリターンを、こういった区画ではそれを実感出来る。

 そのスリルがまた探索者たちをきつけるわけだが……


「うん。今回はかなり余裕があるな」

「先生どうする? 一応までは来たけど……」


 デニスとエクレールが、そう言葉を交わし合うことが休息の合図でもあった。

 ミランを始めとする、他のメンバーたちは指示されるまでも無く野営の準備を始めていた。


 パーティーがたどり着いたこの場所は、探索者たちの間では「サロン」と呼ばれている、大きなだった。


 なにしろ天井近くには装飾がほどこされた跡まであるのだ。

 それはそれで不気味である事は間違いないのだが、休憩するのにうってつけの場所であることもまた間違いない。


 マコトの報告によればとはすなわち「バンパイア」という結論になりそうだが、今のところ襲撃に遭ったという報告はされていない。


 そもそもこの場所をスルーすることは不可能に近いのだから、どんな報告が上がってきても、結局探索者はサロンは使い続ける事になるだろう。


 このサロンは多くの探索者にとっての終着点であり、上位の探索者にとっては本番の始まりなのだ。


 この場所が休息場所として最適すぎるのが問題なのかもしれない。


 ここからは複数のルートも何も無い。

 唯一ある扉――これには装飾が施されている――を開ければ、そこから先の区画は間違いなく上位者専用とも呼ぶべき区画だ。


 うかつに踏み込めば「死」は間違いなく探索者の側に寄り添うだろう。

 そして、その反対側には「未知」がより添い、探索者をあおり立てる。


 それでも尚、冷静さを保てるかどうかが上位者として最初の関門になるのだが、ジーバンを始めとした経験の少ない4人はどうにも興奮を抑えられないようだ。


 いつもなら手慣れた野営の準備を、おぼつかない手つきで大きな音を立てながら進めていた。

 そのたびに首をすくめながら。


「大丈夫ですよ。この場所サロンではどうしたって音が響きますから。それでも襲撃されたという話は……私、聞いたことないですね」


 4人に向けて、カリトゥが手慣れた様子で準備をしながら声を掛けた。まるで、4人の“担当”であるかのように。


 だがそれも仕方が無いところだ。


 デニスとエクレールは相変わらず話し合いを続けているし、ミランは……シーラに何やら詰め寄られていた。

 どうやら上位者たちもまた浮き足立っている様子。


 理由はそれぞれ違うだろが……


                  ▼


 さすがに閉めきられた屋内では火を焚くのも問題がある。

 探索に使われていた木の棒の先端に「灯りライト」の光をほどこして、それを中心にしてパーティーは寝袋を広げていた。


 デニスやミランは武器を抱え、立て膝のまま休んでいたが、それは探索者として当たり前の心得こころえだ。


 そして他のメンバーは、見張りのカリトゥを残して完全に横になっている。

 それだけ疲労が積み重なっていた……はずなのだが――


「話があるの」


 メンバーが寝静まったのを見計らったかのように――実際、見計らっていたのだろう――シーラがカリトゥに声を掛けてきた。


「というか、わたしに聞きたい事があるんじゃないのかと思って」


 シーラは神官である。

 デニスとは違いは、仕える神が女神サヤックであるところだろう。


 この2柱について、探索者の立場から見るとさほどの違いはない。2柱とも世界の維持に力を合わせているうやまうべき存在である事に変わりはなく、また「癒やしヒーリング」の能力を神官を通じてほどこす存在であるからだ。


 帝国ではデニスが使えるトールタ神が主神扱いになり、女神サヤックはネガ・ロゲージョ山脈を越えた地域での主神となっている。


 その地域は長らく大国が治めていたのだが、今は混乱の極地だ。シーラがアトマイアに流れ着き、デニスの庇護下に入ったのもそういった事情があってのことだろう。


「……聞きたい事は……無いです」


 そんなシーラの問い掛けに、カリトゥは目を逸らしながら応じる。


「なんでよ!? 他のみんなには色々聞いたんでしょ?」


 シーラがさらにカリトゥに詰め寄った。

 それに妙な迫力があるのは、彼女の顔立ちが整っているからだろう。


 シーラは一般に異邦人の特徴とされている黒髪黒目の持ち主だ。彼女の出身地ではそれが普通なのであるが、漆黒コールブラックという言葉が当てはまるほど、彼女の“黒”は美しかった。


 吸い込まれそうな大きな瞳に、長く伸ばされた髪はつややかに輝いてる。


 普段――ローブの上から胴鎧という探索時のスタイル――とは違って、髪をほどいてるせいか、カリトゥも思わず見とれそうになる。


 だが、答えは変わらなかった。


「……いえあの……恐らく、シーラさんのお話を伺っても……」

「無駄って言いたいの?」

「結論としては、そういうことになると思います。私が付いていけなくて」


 カリトゥの言い訳は、少し複雑だった。

 それを理解するためだろうか。シーラの勢いがやわらぐ。


 そのタイミングで、カリトゥはさらに言葉を重ねた。


「私も、シーラさんと出身地が同じ方とご一緒したことあるんですが……」

「……そうよね。マコトさんと一緒にいたんだから、そうなるわね」


 同郷の探索者の存在を告げられたことによって、シーラの勢いはさらに弱まった。

 どうもカリトゥの拒否に何かしら理屈があることを察したらしい。


「シーラさんの故郷の方って、凄く1番が好きじゃないですか」

「それは当然じゃ無い?」


 カリトゥの言葉に対して、当然だと言わんばかりにシーラは胸を張った。

 それを諦めと共に受け入れるカリトゥ。


「……そうなるとシーラさんは、今のミランさんの状態がよろしくないと思われている。1番なのに2番扱いになっているんですから。じゃあ、独立しちゃえば良いと私は思うんですけど、それはシーラさん、イヤなんじゃ無いですか?」

「それは……まぁ、そうね」


 何にたいしての同意かはわからなかったが、今度はシーラがカリトゥの言葉を受け入れてしまっていた。


「でもそれじゃ、どうしようも無いと私は思うんですけどね。答えが無いように思えるんです。ですからシーラさんに尋ねても……」


 実際、この矛盾が元凶になっていることは間違いない。

 彼女のイライラがパーティー内の不和を生みだしている。


 つまりはシーラのミランへの恋心こだわりがおかしな具合になっているわけだ。


 これでは下手に口を突っ込むわけにはいかないだろう。

 ただでさえ微妙な問題だ。

 その上、シーラという女性は、そんな矛盾を飛び越えて、


「で、上の方でミランさんと何してたの?」


 こんな風に脈絡無く、カリトゥに詰問出来るの持ち主なのだから。

 決して理詰めで態度を変えることはないだろう。


 それをカリトゥはわきまえていた。

 カリトゥがシーラに話を聞かなかった理由は、それが本当のところだ。


 もちろんカリトゥはミランと何をしていたのかを正直に説明する。

 結果、その探索が不首尾に終わったことも。


 それを聞き終えたシーラは、ふんっ、と鼻で笑った。

 カリトゥとミランのコンビが上手く行かなかったことに安心したらしい。


 そんなシーラの様子を、優しげに――あるいは哀しげにカリトゥの緑の瞳が見つめていた。

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