暗闇で2人

 水滴が、一定のリズムを刻んで鍾乳石の切っ先から落ちてゆく。

 響く音は、洞窟全体へ。


 湿気が高いせいか、実際に波紋が見えるかのように錯覚しそうだ。


 ――灯りがあれば、の話になるが。


 現在、この場所を進んでいるのはカリトゥとミランだ。

 2人とも「暗視」スキル以上の上位スキル「闇無あんむ」を所持しているため「灯りライト」のような魔術の助けも、ランタンなども必要無い。


 さらにはカリトゥの所持している「気配察知」のスキルと、経験を持ってすれば、そんな状態であっても危機におちいる可能性は絶無である。


 灰蝙蝠グレイ・バット、スライム、苔蜈蚣モス・センチピード、ジャイアントラットなど、原始的なモンスターとの遭遇エンカウントには事欠かなかったが、


 ――カリトゥが発見して、ミランが斬り刻む。


 という手順で問題無く対処出来た。

 何しろ、カリトゥのナイフが振るわれる事も無かったのだから、その余裕ぶりがうかがえるというものである。


「……と言うわけで、これが私の知ってるルートですけど、ご期待に添えましたか?」


 真っ暗闇の中、カリトゥの問い掛けが虚ろに響く。

 だが、それに返事をするべきのミランの声が聞こえてこない。


 そもそもはミランのリクエストに、カリトゥを付き合わせているのに、である。


「灯りについては、その場その場で考えるとしてですよ」


 しかし、カリトゥはそんなミランの無反応に構うこと無く、言葉を継いでいった。


「この広さが、逆に面倒さの原因になるんじゃないかと思いますよ。やっぱり、このルートは……」

「あ、ありがとう」


 ようやく、ミランからおとが聞こえてきた。

 暗闇の中で、ミランのうわずった声がやけに響く。

 それも、やり取りが繋がっていない言葉で。


 カリトゥが目をパチクリとさせた。


 その静けさが、ミランを追い詰めてしまったのだろう。

 いきなりその口数が増えた。


「そ、そ、それで、えっと……ここから先は? よ、よくわからないんだけど……まだ途中……?」

「え? わかってないんですか」


 ミランの訴えに、今度はカリトゥが声を上げた。

 暗闇だから見えない、というわけではもちろんない。


 カリトゥは暗闇の中で、さらに考え込むように目をつむった。

 実際、考え込むような事態ではあるのだろう。


「えっと……そうだ、振り向いて下さい。何なら身体ごと」

「え? あ、ああ……」


 カリトゥの言葉に素直に従うミラン。

 

「どうですか? どこかで見た風景と思えませんか?」


 さらにカリトゥが言葉でフォローする。

 するとミランは慌ただしく、自分の前と後ろの景色を確認した。


 やがて……


「――ああ!」

「そうですよ。いつもなら――と言うか今日も通ってきたでしょ? あの高いところにある通路。あそこから見下ろしていた場所がここなんです。改めて説明するのも、何だかバカみたいですけど」


 2人が今やっていることは、良いように言えば「可能性の探究」ということになるだろう。


 カリトゥがミランから「もっと広い道は無いだろうか?」というリクエストを読み取った結果である。


 それはバビタ・ルート以外のルートを探そうという意味では無かった。

 実際に、今回もデニスのパーティーはバビタ・ルートを進み、人工物エリアに入ったところで、予定通り休憩となっている。


 遭遇エンカウントするモンスターは危険になるが、建造物に覆われているため警戒するにも、このエリアの方が容易たやすいのだ。


 ミランが求めているのは、この建造物エリアにたどりつくまでの他のルートは無いか? というものであった。


 建造物エリアにたどり着くまでの洞窟は自然であるだけに、確かに複雑怪奇な部分が残されている。


 そのようなルートのを試験採用中のカリトゥに尋ねるのは、確かに正しい判断だろう。

 広い道――というリクエストの説明も、確かに当たり前の欲求であったかも知れない。


 狭い場所でモンスターとエンカウントする危険性は言うまでも無いだろう。


 そんなわけで休憩の準備を進める中で、ミランがカリトゥに話しかけ、次いでデニスの許可を得て、今の状態が出来上がったというわけだ。


 手練れ2人のリクエストであったし、デニスにしても何か思うところがあったのだろう。許可はあっさりと下りた。


 ……シーラがまた、ふくれっ面になってはいたが。


 そこで、実際にがあったカリトゥが案内し、今その役目を果たしたかのように思えたが、ミランの表情は優れない。

 通ってきた通路を見上げながらつぶやく。


「……高い、な」

「さほどの問題は無いかと。こちらの通路が問題になっているのは、モンスターの多さ、それに結局遠回り――」


 何かを言いかけたカリトゥの気配が暗闇と同化した。

 そしてそれは、ミランも同じだ。


 一瞬にして、その場に空白が出現する。


 そこから一瞬にも満たない刹那。


 が、その空間をいだ。


 わずかな水音を伴って。


 通過したのは梁イモリハングド・ニュートの舌だ。


 ハングド・ニュートは天井に張り付いたままで、舌を伸ばし獲物を絡め取り、吊し上げてしまう。

 その攻撃方法も厄介だが、それよりもこちらからの攻撃手段が限られているのが厄介なモンスターである。


 普通の対処法となれば魔術で撃ち落とすのが、もっとも手間が掛からないのだが……


 数え切れないほどつり下がった鍾乳石。

 その隙間を縫うように、縦横無尽に飛び回る影があった。


 カリトゥだ。

 鍾乳石をわずかな足場として、天井へと駆け上がってゆく。まだナイフは抜いていない。


 ハングド・ニュートのぎょろりと飛び出た目がカリトゥを追う。

 だがハングド・ニュートがカリトゥの姿を追うことが出来たのは――音。


 カリトゥが鍾乳石を蹴るたびに、虚ろな音が洞窟内に充満しているのだから。


 だが姿を捉えることが出来ても、ハングド・ニュートには同じ高さの相手に対しては強力な攻撃手段が無い。

 不意打ちが出来なければ、その脅威度は下がるのだ。


 苦し紛れに伸ばしたハングド・ニュートの舌をカリトゥは余裕でかわし、その上ですれ違いざまに、脚に斬りつける。


 斬られた脚をジタバタさせながら、ハングド・ニュートはその場から逃げだそうとしていた。


 その逃げる先に――


 ミランの曲刀シミターの光があった。


 それこそまさに不意打ちと呼べるものだ。


 つまりは、カリトゥが音を立てて飛び跳ねていたことさえもおとり

 それによってハングド・ニュートの意識を自分に向けておいて、さらには逃げる方向さえもコントロールしていたのだ。


 それを瞬時に読み取ったのミランの技量もまた隔絶かくぜつしている。


 カリトゥとは逆に音を殺し、そして最後にハングド・ニュートを殺した。


 これが最高位ハイエンド。そしてそれに迫ろうという者の本気であった。

 しかし、ここまで本気になったのは……


「……この“深さ”、で?」

「ちょっとマズいかも、ですね」


 ミランとカリトゥの見解は一致していた。

 ハングド・ニュートは建造物エリアに棲息せいそくする――それが探索者の認識であったのだから。


 先日の蜥蜴人リザードマンの出現といい、何かが変わりつつあるようだ。


「これ、デニスさんに報告しないと」

「そうだな」


 カリトゥの当たり前とも言える言葉に、ミランは興奮しながら同意した。


 そんなミランの様子を見たカリトゥは変わらぬ暗闇の中――


 そのかげに紛れ込ませるように、そっと微笑んだ。

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