問題と解決案

 アトマイアは気候に反して、水は豊富だ。

 ネガ・ロゲージョ山脈から流れ出る雪解け水が、街を潤しているからだ。


 この街で暮らす者たちは飢えで死ぬことはあっても、乾きで死ぬことはないだろう。


 探索者が使う中央広場の噴水はもとより、飲料用のみならず生活用水のための取水口が、街のそこかしこに設置されていた。

 帝国が用意したものから、勝手に作られたものまで種類は様々だ。


 とにかく水の心配だけは、する必要は無いだろう。


 ただ、それで稲や麦、それに野菜も豊富なのか? と問われれば、そんな話にはならない。

 まず寒すぎるのだ。


 アトマイアで生活するためには食料をさらに標高の低い街から運ばなければならない。

 人は水だけでは生きてゆけないのだから。


 それでも基本的に生活能力がない探索者相手に貴重な食料を分けなければ、この街は立ちゆかない。

 だからまず、宿屋が出来た。


 やがて成功した――あるいは成功しかかっている――探索者相手に向けて、った料理を出す者も現れる。

 簡単に言えば、飲食店レストランだ。

 

 その頃には、実用品であった武器や鎧に装飾を施す店が出現していた事も、そんな流れに沿ったものだろう。


 そんな事情で出現したレストランの中に、雪解け水を利用した「お茶」を出す店があった。メニューを思い切って絞ったわけだが、この店の売りはお茶よりも、ある種の高級感であった。


 いわば「成功者」の疑似体験だ。


 繊細な茶器に、丁寧な給仕をするウェイター。他の街では、それでも尚“場末”などと呼ばれるグレードであったとしても、アトマイアでは十分。


 ただ、晴天が多い事を理由にして、オープンテラスまで設置してしまったのはやり過ぎのたぐいだろう。

 何しろここはアトマイア――寒いのである。


 それでも高位レベルの探索者ともなれば、その寒さに影響を受けないスキルを自然と持つことになるわけで……結局、この店は探索者が利用することになる。

 それも成功者に近い、高位レベルの探索者が。


「……お話、聞かせて貰ってありがとうございます。参考になりましたよ」


 その高位レベル、それどころか最高位ハイエンドであるカリトゥが声を掛けると、その前に座る4人――つまり、ジーバン、ロヒット、アスミ、プナムは緊張は解けないままに、一心にコクコクと頷いていた。


 せっかくの高級品であるお茶がすっかりと冷めてしまっている。


 この4人が並ぶと、実にデコボコした印象だ。


 男性2人――ジーバンは大木を思わせる風采で、ロヒットはその逆に痩せぎす。

 女性2人――アスミは小柄。プナムはアスミよりは背が高いのだが、どうしたわけか、より幼く見える。


「もしかして、陰口……みたいとか思ってますか? その点は大丈夫ですよ。デニスさんにちゃんと許可貰ってます」


 カリトゥは、茶目っ気たっぷりに片目をつむって見せた。


「それに私は試験採用中というお話はさせて貰いましたよね? こういったお話をうかがうのも、私にしてみれば当然のお話ですから」


 そう言いながら、カリトゥは4人それぞれの前に銀貨を1枚ずつ置いていった。


「――お礼に一緒にお食事でも、と思いましたが、それは気疲れなさるんじゃ無いかと思って。それで偉そうで申し訳ないんですが、こういった形のお礼の方が良いと思ったんですが、どうですか?」


 途端に、視線をさまよわせたのはプナムだ。


 ――受け取りたいけど、どうしよう?


 と、言ったところだろう。それに真反対の反応を見せたのがアスミだったが、その内に男2人が黙って受け取ってしまった。


「じゃあ、お食事はまたの機会にでも。今日はありがとう」


 そんなカリトゥの声が合図になったようだ。

 4人は頭を下げながら、カリトゥの前から去って行った。貰った銀貨で何処かに遊びに行くのか、あるいは抱えたまま自分の部屋に引き上げるかのどちらかだろう。


 カリトゥはその場を動かずに、もう1度お茶を注文する。そして、紫の瞳をクルクルと動かしていた。


「尋問は終わったかい?」

「尋問は酷いですね。聞くべき事を聞いただけですよ」

「あたしへの尋問はいいのかい?」


 不意に掛けられた声に対して、ごく自然に会話を続けようとするカリトゥ。

 そして「尋問」という言葉を使い続けようとする声の主。


 声の主は、そのままカリトゥの前に腰を下ろした。

 パーティーの副リーダーであるエクレールだ。


 年齢としは三十ほど。長い茶色の髪と同色の瞳の持ち主だった。

 クロースアーマーをまとっているのは、魔術職マジシャンであればこそだろう。さらに魔力を高める装身具。


 そして腰からぶら下げているのは金輪きんりんと呼ばれる特殊な武器だ。いや武器とカテゴライズするのも乱暴な話なのかも知れない。


 そんな特殊な武器を使いこなす、エクレールのレベルは40。マジシャンであるからには、彼女は間違いなくパーティー1のダメージディーラーであることは間違いないだろう。


 いや、今現在は――


「それで……気付いたんだろう? ウチの弱点」

「気付く、事は問題じゃ無いのでは? 問題はそこから先の対応だと思いますよ」

「そこが問題なのさ。だから弱点」


 今度はカリトゥへ向けて、泣き落としのようしてみせるしてみせる。

 カリトゥもさすがに苦笑を浮かべた。


「……エクレールさん、苦労なさってますね」

「わかってくれるなら……ああ、そうだったね。尋問だったね」


 話が元に戻ってしまった。

 デニスのパーティーが抱えている問題、あるいは弱点。


 それはミランについてだ。


 ミランはすでにデニスと並んでもおかしくないだけの実力を持っている。そして職種も、ややかぶり気味だ。

 こうなれば独立した方が良いのでは? と考えてしまうのも無理の無い話である。


 デニスのパーティーから独立した者が多数いることも、そういった考え方を後押ししていた。


 ところがミランは独立するような動きは見せない。

 結果どういうことが起こるかというと、パーティー内での派閥争いということになる。


 デニス派と、ミラン派だ。


 カリトゥの聞き込みの結果、それぞれの領袖りょうしゅうはエクレールとシーラということになるのだが……


「エクレールさんは、どうするのが一番良いと思ってるんですか? 率直に言って、あの4人には迷惑な話ですよ。上がこんな風に争ってるなんて」

「耳が痛いね。それは、あたしも良くないことだとはわかってるんだ」


 姐御肌で、どこかな雰囲気を持つエクレール。

 だが今は、その顔に疲れが見えていた。


「……パーティーのためってことを考えるなら、ミランは独立した方が良いと思ってる。それが、あたしの考えさ。ただは、それも選びづらいみたいでね」


 エクレールはデニスのことを「先生」と呼ぶ。

 ただ、今の状況に照らし合わせてみると、その呼び方にイヤミのような響きが混ざっているようにも聞こえた。


 エクレールは、ずっと「先生」と呼んでいたのに、だ。

 今のパーティーの状態が、それほどにエクレールの心を重くさせるのだろう。


 だが、エクレールはすぐにスッパリと気持ちを切り替え、テーブルに肘を付きながらカリトゥに向けて身を乗り出した。


「ぶっちゃけるとね」

「はい」


 迫ってきたエクレールにも慌てること無く、カリトゥが笑みを見せながら答える。


「……ミランとアンタが組んで独立する、って方法が一番良いと思ってるのさ。これなら先生もミラン1人を放り出すことに気を遣わないでも良いわけだしね。案外、先生はそういったつもりでアンタを誘ったような気がするよ」


 そんなエクレールの言葉に、今度はカリトゥは返事をしなかった。


 ――代わりに運ばれてきたお茶を一口。

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