ベテラン達の過去と未来

 アトマイアへの帰還――


 探索中と真逆に、デニスは殿しんがりとなって山道を降りていた。

 その身体は鞍上あんじょうにある。


 帰還のタイミングを計算して、アトマイアから荷馬車や馬を用意していたのだ。その手配をしたのが、カリトゥである。


 大迷宮の入り口まで引っ張り上げるとなると、その難易度は跳ね上がるが、途中までと言うことなら、さほど問題は無い。


 それに探索者の護衛を手配すれば――小遣い稼ぎ程度の仕事を欲している者は必ずいる――まず安全と言ったところだろう。


 荷馬車には今回の探索の成果や、各種武装を乗せ、馬はエクレールたち体力のない者たちを乗せる。

 こういった手配が行き届いていれば、探索を全力で行うことが出来るわけだ。


 もちろん油断すれば、このタイミングで襲われる可能性もある。襲ってくる相手は言うまでも無いが探索者だ。


 それでも“安全度が高い”手配が出来るのはカリトゥの持つ人脈の成せる技だし、そもそも斥候職スカウトは、こういった時に油断するようでは商売あがったりである。


 デニスの乗る馬を引きながら、パーティー全体を見渡すカリトゥに加えて、ジーバンにアスミは探索中以上に、気を張っていた。

 当然、馬には乗っていない。


 今までは、こんな手配も思いつかなかったのだろう。

 単純にレベルの違いには現れない経験の差。カリトゥの存在が2人の刺激になり、またわかりやすい目標となっている。


「うんうん、カリトゥ君を招いた事が良い結果に繋がりそうだな」


 すでに鎧も脱ぎ、タワーシールドも荷馬車に預けているデニスは油断しすぎとも思えたが、レベル50にまで達すると、武装を脱いでもそうそう危険に陥ることは無い。


 それがわかっているから、こんな風にのんきな感想を口に出来る。


「そういう狙いがあるだろう事はわかってましたよ」


 馬を引くカリトゥも、のんきそうに返事をしていた。

 ちなみにデニスはちゃんと歩くと申し出たのだが、カリトゥや他のメンバーの訴えもあって、馬にまたがる流れになってしまっている。


 何と言っても結構な年齢としであることは確か。

 ただ、カリトゥに馬を引いてもらう事になるとは考えてなかったようだ。


 もう一悶着あるかと思われたが、カリトゥからゆっくり話をうかがいたいと言われれば、デニスとしてもそれを無下にすることも出来ない。

 いや、むしろデニスにとってもその時間が楽しみになってしまっていた。


 何しろ、パーティーは違えど長らく大迷宮を攻略して行ったという2人でもある。

 いわば戦友に近い感覚がお互いにあるのだから。


 だが大迷宮に対するスタンスは随分違う。


 マコトは探索優先、そしてさらに深く潜ることを優先させていた事に対して、デニスは、育成優先とでも言えば良いのだろうか。

 パーティーメンバーの成長のために、デニスは大迷宮に潜っている。


 目的を間違えているようにも考えられるが、デニスの目的はそもそも神官の勤め――弱者救済なのである。食い詰めて、一発逆転に賭けてアトマイアに乗り込んで来るものが、それだけ多かったと言うことだ。


 デニスも最初はアトマイアで地道に活動していたのだが、流されるままに大迷宮探索に手を出してしまっていた。

 流された理由は、もちろん経済的な事情だ。


 そんな理由であるのに、デニスは壁役タンクとして探索者の頂点トップに上り詰めてしまっている。それはデニスが庇護するべき相手を守り続けたあかしではあるのだろうが“やり過ぎ”との声も聞こえてくる。


 それは陰口と言うよりも、デニスを心配してのことだ。


 デニスに護られて大迷宮に挑み、生活基盤を整えた者がアトマイアには多く暮らしている。アトマイアの発展にデニスは大きく寄与していた。


 マコトもそれは理解していた。だから時にはデニスに協力することもあったのある。

 つまりデニスとカリトゥには共通の思い出もあり……


「ああ、それは僕も聞いたことがあるな。多分だけど、アレは何かの論文のタイトルでだと思うんだが……」

「当たりです。さすが。そういった物語のタイトルらしいんですよ」

「そうだったのか。あれは確か――」


 鞍上のデニスが思わず空を見上げる。

 そして視線をカリトゥに向けて、同時にマコトが好んで口にしていた“決め台詞”を同時に告げた。


「「――“お前はまだグンマを知らない”」」


 そしてカリトゥとデニスは同時に笑い合う。


「……まったくどういう意味だったのか。いや何となくはわかるんだが」

「グンマ、というのはマコトさんの故郷だったらしいですよ?」

「マコト君の? 異邦人の故郷?」

「そう聞いてますよ。何でも大変な魔境だったとか……」


 物騒な説明を、笑顔と共に口にするカリトゥ。

 “魔境”などという説明が、マコトの冗談である事を、その笑顔は教えてくれていた。


「マコト君はまったく……」


 デニスも呆れたように笑いながら首を振った。

 マコトの為人ひととなりが知れるというものだ。


 だが、そんな冗談が2人の話を深刻な方向にいざなってしまったらしい。


「……カリトゥ君。君はどう思う? あのリザードマンの事だが……」

「モンスターたちの様子が変わっている、と言うことですか?」

「簡単に言ってしまえば、そういうことになるな」


 それを聞いて、カリトゥの緑の目が細められた。


「デニスさん。まさか、それが理由でマコトさんが引退したとでも?」

「いや、それは無いだろう。ただ今の状態が頼りなく思うだけ……何しろ、マコト君の知識は貴重すぎた。吸血鬼バンパイアと判断出来たのも、マコト君がいればこそだと聞いているよ」

「そうなんですよ……マコトさんは『エルダー・バンパイア』と言ってました。バンパイアの中でも、上位種なんだと」

「上位種か……」


「もっと上の階層で遭遇エンカウントしていたモンスターも『レッサー・バンパイア』と呼んでいました。アレはまったく、化け物そのものだったんですが、エルダーは、人間と変わらぬ姿で――」


 いや、それ以上に美しかった。

 まさに魔性の妖しさがあったのだ。


 マコトだからこそ、何とか痛み分けの形で退しりぞける事が出来たが……


「となれば、あまり深く潜るのも考えものか」

「……デニスさんは、そういう方針なんですね?」

「そうならざるを得ないだろうね。まず生活の安定が第一だ」


 カリトゥは、そのデニスの言葉から視線を外した。

 ちょうど空が朱に染まり始めている。


 それもまた、カリトゥの計算通りだった。アトマイアに到着する頃に丁度夕刻にななるだろう。


 2人の視線の先に、乾いた空気に包まれたアトマイアが見える――

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