第二章 ミラン

マコトの後継者

 少しばかり壊れているが、パーティーの周囲に巡らされているのは間違いなく石壁だった。

 自然に出来上がったとしか思えない洞窟の奥で、このような人工物に巡り会う。


 通常の感覚なら、不自然さを覚えるのが当然だ。

 だが探索者なら――


 このおかしな現象に、今更不自然さは感じないだろう。

 “そういうものだ”――と、受け入れてしまっている。


 洞窟から、このような人工的な区画に続くルートは、現在は3つ確認されている。探索者が秘密にしているルートもあるだろうから、実際はもっと多いかも知れない。


 逆に考えれば、だからこそ「大迷宮」と呼ばれることになったのだろう。


 おおやけにされている3つのルート。

 その中で最も古く、そして手入れされているのが、バビタ・ルートだった。


 バビタとは発見者の名前だ。

 当たり前に、かつてのマコトのパーティーのメンバーで魔術職マジシャンだった女性である。


 現在は引退して、アトマイアで後進の育成――と言えば聞こえは良いかもしれないが、絶賛嫌われ中だ。

 おそらくマコトでなければ御しきれなかった人物なのだろう。


 発見したルートに名前をつけて、バビタの自尊心の高さを満足させるのも、マコトのであったのかもしれない。


 実際、マジシャンに頼らなければ探索の能率は悪くなる一方だ。

 今も、ロヒットの唱える「ライト」の魔術が無ければ、大迷宮はずっと闇の中なのだから。


 ロヒットはデニスのパーティーの副マジシャンだ。

 こういう補助的な魔術は彼の担当になる。


 メインであるエクレールの精神力を、ライトで使うのはいかにも効率が悪い。そのエクレールは、ロヒット同じく隊列の中央で警戒を怠らない眼差しの女性だった。


 その側には、サヤック女神に仕える神官のシーラがいる。

 さらに中核メンバーに比べれば、レベルが低いメンバー、ジーバン、アスミ、プナム、が固まっていた。


 戦士職である、プナムだけは殿しんがりを護る形になってはいるが、本当の殿しんがりは別にいた。

 彼女は、あくまでサポートだ。


 その隊列の先頭にいるのが、リーダーであるデニスだ。

 “鉄壁”という二つ名そのままに、ガチガチに装備を固めたデニスは、まるでパーティーの進路を妨害しているようにも見える。

 だが、実際はその逆。


 パーティーはジリジリと進んでいる。


 もちろん、もっと早く動けるのだが、今は慎重さが優先される状況らしい。

 タワーシールドをかざして、エクレール達をガードしていた。


 そんなデニスの前に――


「ちょっと、分が悪い方の目が出たみたいです」


 カリトゥが、曲がり角からひょっこりと現れた。

 先行偵察のような役目を受け持っていたらしい。


 危険だ、という声はもちろんあったのだがカリトゥにとっては、この区画は決して危険な場所では無い。


 コボルトをはじめとした、比較的弱いモンスターがこの“深度”なら遭遇エンカウントすることがほとんどであるからだ。


 それでも危険に変わりはないのだが、灯りも持たずに悠々と迷宮を進んでゆくカリトゥに、このパーティーの今の斥候職スカウトを受け持つジーバンとアスミは声を失ってしまっていた。


 レベルが違いすぎるのだ。


 そういったスカウトの高位レベルの探索者と組んだこともあるデニスは、何も言わずにカリトゥの「先行したい」という申し出に許可を出した。


 問題無い、とデニスはそんな風にすぐさま判断したのも無理もないところだ。


 それはカリトゥのレベルだけを信用してのことでは無い。


 カリトゥが持っている大迷宮の知識を信頼してのことだった。


 今も、この地点のルートが実は輪を描いているという知識をカリトゥはもたらしている。


 ここまでたどり着く探索者であるから、この付近のモンスターにおくれを取ることはない。ただ奇襲を受ければ、探索のためのリソースは減る。

 だが、深刻になるほどでは無い。


 そのせいで探索者たちは、この地点の奇妙さに気付きながら、後回しにしていたのだ。


 しかしカリトゥ――およびマコトたちは知っていた。

 一見、行き止まりに見える壁の上にも通路が伸びており、それがカリトゥが先行した通路と繋がっていることを。


 その高低差が、探索者たちをあざむいていたのだ。


 今、カリトゥが「悪い目が出た」と言ったのは、パーティーの接近に気付いたモンスターどもが後ろに回り込んだ、という報告ことになる。


 こうなると殿しんがりを受け持った者――ミランに、負担がかかるわけだが……


「デニスさん、入れ替わる?」


 副リーダーと呼ぶべきポジションにいるエクレールがそう提案すると、これにもデニスはすぐにかぶりを振った。


「ミランに任せておけば大丈夫だ」


 その言葉には、新入りのカリトゥに向ける信頼よりも当然ながら熱がこもっていた。


 エクレールはそれに対して疲れたような笑みを。

 シーラは頬を膨らませ、他のメンバーはそんな2人に戸惑っているようにも見えた。


 カリトゥは、そんなパーティーの様子を黙ってうかがっていた。

 何しろ、このパーティーにも、カリトゥは試験採用中なのだ。


 出しゃばるのにも問題があると感じているのだろう。


 そのために、パーティーの心が浮かび上がってしまった一瞬――


 剣戟の響きが聞こえてきた。

 ミランが、その役目を果たしているのだろう。


 だが、その響きに、デニスとカリトゥが首を捻る。

 この場所に現れるモンスター相手なら、ミランは一刀のもとに切り伏せてしまえるはずだからだ。


 では――


 デニスがタワーシールドを構え直すタイミングで、ミランがカリトゥが現れたのとは逆の、背後の曲がり角から姿を現す。


 ミランは二十代半ば。黒髪に白皙の肌、そして青い目の持ち主だった。髪を長く伸ばし、襟足を縛っている。左目の目元にあるホクロが印象的だ。


 持っている武器は曲刀シミター。そして動きやすさを重要視してのことかスカウトと見紛みまごうレザーアーマーを身につけていて、それも左胸だけをカバーする形の物だ。


 戦士職ファイターであるが、剣士フェンサーと呼んだ方がしっくりくるだろう。


 レベルは43。

 しかし素質が違うのか、その攻撃力はすでにマコトに匹敵しているのではないかと言われていた。


 そのミランが、どんなモンスターを相手にしているかというと蜥蜴人リザードマンであった。


 この深度に出現しないわけでは無いが、滅多にあることでは無い。

 このリザードマンに背後から奇襲されたとなると、洒落にならない被害が発生する可能性があった。


 現に、リザードマンは1度はミランのシミターを弾いている。

 だが――それだけだった。


 ミランは足を止めて、迎え討つ戦い方はしない。

 無理をしてまで、その場に留まることはせずに、後退できるときにはどんどん後ろに下がることを選択する。


 それは確かな戦術眼を持っていることの証だった。


 一撃をわざとリザードマンが持つシミターに当て、そこから攻撃を誘う。

 それによってリザードマンの視界にパーティーを収めさせ、その存在に


 そんなミランの思惑に乗ってしまったリザードマンは、動揺の声を上げた。


 予定通りと言わんばかりに、鮮やかにミランの動きが逆転する。

 後退から前進へ。

 そしてリザードマンと交差する一瞬――先ほどのリザードマンの声と共に、ミランのシミターがリザードマンののど笛を切り裂いた。


「……問題無い」


 血飛沫を上げながら、ミランの足元に倒れるリザードマン。

 そしてシミターを血振りをしながらボソリと呟くミラン。


 ――これが現在、探索者の頂点トップと目される男の手際であった。

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