新しい標準の創成

 パーティーが夜営をしている場所は、通常のコースからは離れた場所にあった。

 何しろ、大迷宮の入り口よりも若干高い場所にあるのだ。


 コースに無い、と言うよりも通常であれば近付かない場所。しかし、地熱が高いせいか過ごしやすく、草も生い茂っている。

 

 今はわざわざ狩る必要は無いが、雪山狼スノーウルフなどの餌になる野兎や、山ねずみなども棲息しているようだ。


 全体的には山肌に沿うように設置されたバルコニーのように見える、平坦な高台であった。休憩場所、あるいは今のように夜営するのに最適の立地ということになるだろう。


 それほど大迷宮の入り口から離れているわけでは無いし、あるいはここで準備を整えることこそが標準的スタンダードと呼べるものになるかも知れない。


 その辺りをカリトゥが尋ねてみると、アルジュンは恥ずかしそうにこう答えた。


「夜営は良いかも知れませんが……実は、大きな鳥が襲いかかってきたことがあるんですよ。頭の部分だけ、白い鷲です。他にも危険があるかも知れません」

「なるほど、それほど都合よくはないと。でも、それで諦めるには惜しい場所ですね」


 それは確かにカリトゥの言うとおりだったのだろう。

 この夜も、パーティーはこの場所で夜営することに決めたのだから。


 この高台の存在を知ってことことはアルジュン達パーティーにとっても財産だ。だからこそ、ここに誘うことはカリトゥへの感謝の意味もあった。

 

 そして一段落ついたところで、カリトゥは“結論”という言葉を口にしたのである。


「け、結論ですか?」


 恐る恐る、リタが口にする。


「あ、その前に提案ですね。ああでもこれは、結局“結論”に繋がるわけで……」


 リタの質問に、カリトゥは慌てて手を振りながら答える。


「落ち着いて下さい。まず、提案というのは? 戦い方ですか?」


 カリトゥをなだめながら、ルパが、どこか怯えたように確認した。


「あ、いえ、戦い方はもうおわかりいただけたと思います。それよりも私が驚いたのはこの場所です」

「それは、まぁ……多分、俺たちしか知らないんじゃないかな?」


 アルジュンが、自嘲の笑みを浮かべながら応じた。

 入り口前で、もたもたしている上位者のパーティーという条件で考えれば、他に当てはまりそうなパーティーは見当たらない。


「はい。多分、マコトさんはそういった可能性……というか希望があったように思うんですよね。私たち――これはマコトさんのパーティーのことですけど――この辺りで、大迷宮以外に偵察出たこと無いんですよ」


 カリトゥも自嘲の笑みを浮かべていた。


「でも、マコトさんは、こういった場所も探索するべきだと考えていたように思えます……今から思い起こせば、ですけど」

「そう……なんですか?」


 ルパの改めての確認に、今度は寂しげな笑みを見せるカリトゥ。


「はい。そう考えると、マコトさんの表情も理解出来るような気がしますし……」


 その思い出はカリトゥだけの財産なのだろう。

 アルジュン達は、黙ってカリトゥの言葉を待った。


「……それでですね。皆さんは、このまま山道や、こういった場所の探索をしてみるのはどうかと思いまして。積極的に」

「でも、それじゃ……」


 反射的に、アルジュンが声を上げる。

 それに対して、カリトゥは目を細めることで応じた。


「皆さんに、マコトさんの思いを叶えてくれ、というお話じゃ無いんです。ただ、皆さんは大迷宮に入る前に、やらなくちゃいけない事があると思いまして」


 だから、この付近の探索はついでですね――と、本当に“ついで”のように、カリトゥは言葉を添える。


「……やらなくちゃいけない事って言うのは?」

「神官を雇いましょう。それが必要な事はわかっているはずです」


 アルジュンの問い掛けにカリトゥは間髪入れずに返し、その提案にリタとルパが目を伏せる。

 パーティーに知らない者を入れる事を、この2人は拒んでいたのだから。


 だが、それはカリトゥを招き入れたことで、その“こだわり”に2人はケリを付ける事が出来た。


 そんな葛藤をごまかすように、アルジュンが現実的な問題を口にする。


「しかし、高レベルの――」

「それはもう、見習いのような人を選んで、経験を積んでもらわなければ」


 これにも、カリトゥは即座に答えを置いた。


 神官が探索者になる動機は、修行、あるいは弱者救済が名目になる。

 その前提があるため、レベルが高くなれば、それぞれの神殿に帰ってしまうのだ。


 高位レベルで、尚且つ探索者を続けている神官となれば、それはもう“変わり者”と言うしかなく、つまりはアルジュン達に釣り合う神官がいきなり現れる可能性は低い。


 となれば、選択肢としては、先ほどカリトゥが提示したやり方がだ。


「ああ、それで……低レベルの間は、大迷宮に入るのも危険だから」

「その間に、周辺探索するわけですね」


 リタとルパが、うなずきながらカリトゥの提案を形にしていった。


「待って……ああ、そうか。レベルが追いついていない間は、今までの俺たちのやり方で、ちゃんと護って……」

「そうです。皆さん方でしか出来ないやり方だと思います」


 カリトゥは、笑みを浮かべながら“保証”する。

 今までのアルジュンたちを。

 そしてこれからのアルジュンたちを。


「そのやり方で、パーティーを大きくしていっても良いと思うんですよ。皆さん方が新しい標準スタンダードになるんです。デニスさんや、カゲンドラ……さんのような大きなパーティーを目指しても良いと思います」


 まさに激賞と言うべきだろう。

 そこまでの将来性を、最高位ハイエンドであるカリトゥが、アルジュンたちに見出したのだから。


「そこで、アルジュンさんはもちろんリーダーとして、かなめとして。リタさんとルパさんも中心メンバーとして、幹部として。この方針を変えなければ……もちろん変化を受け入れる心構えはずっと持っていなくてはダメですが、結局はパーティーの雰囲気は変わらないと思いますよ、ええ」


 どこか懐かしそうに、カリトゥはアルジュンたちのパーティーの未来図を語ってみせた。

 だが、その未来図には……


「……あ、あの、カリトゥさんは? 幹部に?」


 慌てたようにルパが問い掛ける。

 そのルパの肩に、カリトゥは優しく手を置いた。


「このパーティーの斥候スカウトはあなたですよ、ルパさん。私が出しゃばる必要はありません。ルパさんなら、私以上に上手くやれます」

「そんな……」

「それにアルジュンさん以上のレベルを持つ者がいれば、きっと不具合を起こします。それはパーティーの発展に決して良くない影響を与えるでしょう」


 カリトゥの緑の瞳に映る火が、揺らめいている。


「ですから、このパーティーの採用試験は――私の不採用。それが“結論”です」


 一瞬、3人は腰を浮かし掛けたが……やがて諦めたように。

 そして悟ったように。


 その“結論”を受け入れた――

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