理想形が示すもの

 アルジュン達は、雪山狼スノーウルフの群れと戦っていた。

 だが戦い方は以前と違う。


 まずアルジュンの動きが違った。

 スノーウルフを1匹ずつ倒していくのではなく、主にラウンドシールドを使って、群れの動きをコントロールしている。


 そして持っている武器は違うものの、ルパも同じ動きをしていた。いや武器がウィップである分、より効果的にスノーウルフをコントロールしている。


 そんな2人が、スノーウルフの群れを左右から包み込むように移動していた。


 普通の人間から見れば、それはデタラメな機動力。

 でも、それは不思議でもなんでもない。


 高レベルの探索者なら、これぐらいどうと言うことは無いのだから。


 そして、それはリタも同じだ。


 今はカリトゥが念のためリタの護衛に付いているが、間違いなく護衛は必要無いだろう。

 アルジュン達の動きから逃げ出せるスノーウルフはいないし、一匹ばかりがリタに近付いたところで、スタッフの一撃で問題無く倒せる。


 それにリタの魔術準備の速さもまた一流。


「離れて下さい!」


 カリトゥが合図を送る。実際それぐらいしかやることが無かったのだろう。


 アルジュンはそれにうなずき、手近にいたスノーウルフをラウンドシールドを使って、大きく弾き飛ばした。


 ルパは合図を送る前に大きく後方にジャンプ。

 群れから距離をとる。さすがは双子、ということだ。


 そしてリタの目に前には大きな塊になったスノーウルフの群れ。

 言い換えれば、それは範囲魔法の格好の的だ。


双嵐撃コンフリクト・テンペスト!!」


 だからこそリタは間髪入れずに魔術を放つ。

 

 生み出された二つの竜巻が争いながら大きくなってゆき、そんな“嵐”の衝突に巻き込まれたスノーウルフの群れの運命は悲惨の極みだった。


 もはや血飛沫さえ飲み込んで、さらにはその存在ごと引き裂かれてしまう。

 嵐が去ったそのあとには……ズタズタになった死体と大地。


 下生えの草までもが千切れ、荒涼とした地面にただ渦巻きの跡だけが残る。


 これほどの大魔術を使えることは、それはそれで誇るべき事だろう。

 だが、それよりも今はあまりに効率よく魔術が放たれたことを、リタはるべきだった。


 効率の良さ。


 それは即ち――


「どうですか? こまめにファイア使うより、精神力は節約出来ましたよね?」


 カリトゥがそう確認するが、まさにそれは確認するまでも無いことだった。

 何よりリタが、精神力に随分と余裕がある事を理解している。


 特に難しい事をしたわけでもなのに、これだけリソースが節約出来たのだ。


 いや、これは新しいやり方を見つけたと言うよりは、どれだけ3人がボンヤリと戦いに臨んでいたのか?


 それが突きつけられた様なものだ。


 3人はお互いを助け合う――リタとルパはリーダーであるアルジュンの指示に逆らわないことで、そのプライドを助けていた――という名目で、ずっと甘い世界にひたっていたことになる。


 今、アルジュン達はそれを確認していた。


                ▼


 大迷宮の入り口が見える。

 半端に補強された部分もあるが、それはまさに大きく広げられた口そのものだった。

 無限に探索者を飲み込む、満ちることを知らない胃袋へ続く奈落。


 まず、その穴の高さに驚くことになるだろう。

 低い場所でも3メートルはある。高い場所であれば、5メートルに届くかも知れも無い。


 そしてこの穴は横にも広がっている。

 これは間違いなく10メートル以上。ネガ・ロゲージョ山脈の中腹に突然出現したかのように見えるが、この巨大さ。


 それなのにマコトに発見されるまで、見つからなかったのは何故か?


 この場所にまで、たどりつく者がいなかったことが理由の一つになるだろう。

 何しろ、ここに辿り着くまでにスノーウルフの縄張りを越えなければならない。


 そして、そこを通り抜けたとしても――


 有角熊オーガベアが、この大迷宮の入り口を縄張りにしているのだから。

 大迷宮から迷い出てくる、灰蝙蝠グレイ・バッドをはじめとしたモンスターは、オーガベアにとって格好の餌であったのだ。


 その餌の中に、スノーウルフの牙から逃れた人間が含まれてしまったことは自然の流れと言えるかも知れない。


 マコトが、異邦人の持つ特異なスキルでオーガベアを排除しなければ、大迷宮は未だ隠されたままであったかも知れない。


 だが大迷宮がもたらす恵みに気付いてしまった人類を留めることは出来ないだろう。他の街では“冒険者”とも呼ばれるシステムを利用し、マコトだけではなく強力な力を持った者たちが、大迷宮に辿り着いてしまった。


 そしてアルジュン達も、そういった強力な力を持っている。


「リタさん、大きな魔術は必要無いです」


 大迷宮の前で、オーガベアと遭遇エンカウントした一行パーティーは、今度もカリトゥの指示通りに動いていた。


 まずアルジュンがラウンドシールドを構えて、オーガベアと向かい合う。

 オーガベアは、群れを作ることが無い。


 個体として強すぎるのだろう。

 だからアルジュンはオーガベアだけに集中すれば良い。


 そしてルパが後ろに回り込む動きを見せており、リタに声を掛けたカリトゥもそれに続いた。


 そんな風に“状況”が作られる中で、オーガベアの凶悪な爪がアルジュンに向けて振り下ろされる。

 オーガベアは2メートルを超える巨体の持ち主であることが普通だ。


 当然、アルジュンを見下ろすポジションになる。


 アルジュンは、振り下ろされた爪をいなすようにラウンドシールドで受け止めた。

 オーガベアの動きが止まる。


 その瞬間――オーガベアの脚と首にスローイングダガーが同時に命中した。カリトゥの手際だ。


 その内の首筋に命中した物は、何ら効果を及ばさない。硬い獣皮にはばまれて弾き飛ばされる。だが脚を狙ったダガーは、見事に脚を貫いていた。


「ウィンド!」


 次いでリタが放ったのは、ただ風を起こすだけの基本的で弱い魔術。

 しかしダガーの痛みで片脚を上げ、バランスを崩しているオーガベアのバランスをさらに崩すのには十分だった。


 その脚元に、ルパが繰り出すウィップが飛ぶ。

 オーガベアの片脚に絡みつき、そのままルパが渾身の力でウィップを引いた。


 当たり前に、オーガベアが地面に転がる。

 アルジュンの前に、急所を見せつけながら。


 この好機チャンスを見逃すアルジュンでは無い。

 ロングソードを振り下ろす。カリトゥがダガーで示した、首筋の頸動脈に向けて。


 そして、その一撃を加えただけでアルジュンは跳び退ずさった。

 追撃はしない。


 何故なら――無闇に振り回すと剣がいたむから。

 急所を裂くぐらいは問題無いが、オーガベア相手に正面から斬りつけるのはリソースの浪費でしかない。


 急所から血を吹き出しながらも、オーガベアは立ち上がった。

 だが……それで終わりだ。


 巨体がドゥと倒れる。


 アルジュンは血振りをしてロングソードを鞘に収めた。


               ▼


 そんな戦いが終わった夜――


 カリトゥは再び火の前でこう告げた。


「何となく“結論”が見えましたねぇ」


 と。

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