行き過ぎてしまったこと
「えっと、それじゃあ……カリトゥさんじゃ無くて、先にマコトさんが?」
「それはちょっと盛っちゃって」
カリトゥの説明で、カリトゥが自分たちに同行している理由は理解出来たらしい。そんなリタの確認に、カリトゥは小さく舌を出して応じた。
「マコトさんが気にしていたのは本当なの。でも、それ以上に……なんて言ったらいいのかな? ……この場所が気になって」
「場所?」
オウム返しにアルジュンが尋ねる。
「うんそう。私も最初から、マコトさんと一緒に探索していたわけじゃ無いから、この山道をどうやってマコトさんが拓いていったのかわからなくて」
それに対して、随分ピントのずれたことを言いだしたカリトゥ。
さすがにルパが、
「よくわからないです」
と声を掛ける。
カリトゥは自分の発言を振り返って、頬を赤く染めた。
「そ、そうですよね。これじゃ全然……あのですね、マコトさんが皆さんのことを気にしていたのは、本当なんです」
「いや、そこからは疑ってませんよ」
アルジュンが愉快そうに目を細めた。
もっともカリトゥは、そんなアルジュンの表情の変化に気付く余裕も無さそうだ。
手を振りながら、説明を続ける。
「それが本当に懐かしそうで、それで私もずっと気になっていたんです。この山道を
それでようやく、アルジュンはもちろん、リタとルパも納得できたようだ。
だが同時にそんな冒険はしてない――という否定的な結論にも達してしまっている。
そしてそれは、カリトゥも同じ意見だったらしい。
「でも、何となくわかりました。マコトさんが気にしていた理由。多分、マコトさんは懐かしさもあったと思うんですけど――」
不意に、カリトゥの声が止まった。
3人が引き込まれたように、前に乗り出す。
「――どうでしょう皆さん。明日、私の提案通りに戦ってみませんか?」
▼
カリトゥの提案する戦い方。
それはまず第一に戦わないこと。
一晩明けて山道を登り、パーティーはすぐに
アルジュン達はごく自然に戦おうとしたが、カリトゥが即座に、
「無視しましょう」
と宣言した。そして、
「ルパさん、先行してください」
「それは!」
アルジュンが声を上げる。
だが、それ以上はカリトゥの緑の瞳が許さなかった。
「ルパさんはもう一流です。護られている事がおかしいですし……それはリタさんも同じ」
「でも……」
「アルジュンさんも同じですよ。えっと、この場合は、リタさん達に言った方が良いのかな?」
小首を傾げながらカリトゥがそこまで言うと、ルパが何かをごまかすように山道を先に進んでいった。まるで逃げるように。
それを確認したカリトゥは、アルジュンとリタに改めて声を掛ける。
「さぁ、私たちも走りましょう」
「え? ……でも」
「お二人とも、そういうレベルなんですよ。山道でいちいち足を止めて戦っていたら、大迷宮に入れないでしょ? 今年になって何回入れたんですか?」
アルジュンとリタはその問い掛けから目を
ルパが、カリトゥの指示に素直に従ったのも、こうなることがわかっていたからなのだろう。
アルジュン達のパーティーが大迷宮に乗り込めたのは、今年になってわずか3回。
それも入り口と呼べるような場所で、すぐに引き返してしまっていた。
原因はわざわざ指摘するまでも無いだろう。
このパーティーは山道で戦いすぎなのだ。
▼
そもそもアイアンホーンと無理に戦う必要は無い。
今日だけで無く、昨日もそういう状況だった。
それでもアルジュンが戦うことを選んだのは、万が一でも双子にその角が向けられる危険を避けたかったからだ。
だがそれは、過保護と言うしかないだろう。
本当に万が一の話だが、アイアンホーンが襲いかかってきても問題無い。
逃げれば良いのだ。
魔術職であるリタでさえ、易々とアイアンホーンの追撃をかわせる。
3人は、そういうレベル帯なのだから。
それなのに山道でいつまでも戦い続け、消耗品を使い、肝心の大迷宮に踏み入れることも出来ない。
マコトは、そんなアルジュン達に随分もどかしさを覚えたのではないか?
それがカリトゥの判断だった。
▼
「厳しいことを申し上げますが……」
アイアンホーンを振り切り、休憩のために集合した木立の下。
そこで、アルジュン達はまるでカリトゥにお説教を受けているようになっている。
「皆さんはお互いを大事に思いすぎです。それは良いことだと思うんですが、まず最初に大迷宮に挑むという目的はちゃんとあるわけですし」
「そ、そうです。俺達は大迷宮に挑みたいんです」
カリトゥの確認に、アルジュンが勢い込んで声を返した。
「はい。それは間違いないと思います。だって私を受け入れようとしてくださったわけですし」
「そうですよ!」
アルジュンがこれにも即座に返事をした。
だが――
「お二人も、間違いなくそう考えたんですよ。自信を持って下さい」
アルジュンとは対照的に、下を向くリタとルパ。
その様子からは、カリトゥをパーティーに招くことに賛成では無かったことがうかがえる。
だがカリトゥはそんな双子の様子を察した上で、それを否定してしまった。
「このままじゃいけない、って考えたんですよね?」
確かにそれは真実だったのだろう。
だが真実に割合があるとするなら、この2人にとってはアルジュンとのパーティーに、他の者が加わることに嫌悪感があったのも確かな事だ。
そしてアルジュンが自分たちのために、慎重に振る舞っていることに、歪んだ優越感を感じていた。
それもまた、このパーティーが先に進めなくなっていたことの原因だ。
だが、それではいけないと考えたからこそ――
その事実こそが、カリトゥには大事な事だと思えたのだ。
「強引に試させて貰いましたが、皆さん、もうおわかりでしょう?」
この山道を突破できないのは、レベルの問題では無い。
単純に、そこに“甘え”があっただけだ。
それをカリトゥに指摘された上に、なんだかおだてられてもいる。
感情の置き場が定まらないのだ。
これこそが、マコトという飛び抜けた存在と接し続けたカリトゥの、もっとも貴重なスキルであるかも知れない。
そしてそのスキルが、再びアルジュン達を揺さぶる。
「そして、私も皆さんと同行して思うことがありました。マコトさんは、もしかしたら……」
カリトゥは自らの判断を結論とはしない。
いつでもマコトと話し合って、方針を決めていた。
マコトがいなくなった今でも、それは変わらないらしい。
――カリトゥの中にはいつだって、マコトがいるのだから。
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