選ばれた3組、選ばれなかった1人
アトマイアは「晴れの街」とも呼ばれている。
簡単に言ってしまえば、雨が少ないのだ。空気も乾いている。
さらにネガ・ロケージョ山脈のふもとの街であるから標高も高い。
そのせいだろうか。空気が澄んでいて空も高かった。
つまりアトマイアとは何処か寒々しい――実際、平均気温は低いのだが――村落であったはずなのだ。
マコトが、この村に人を招き、店舗を誘致して、強引に発展させた理由はなかば利己的なものだったとしても。今現在、人々はその発展を享受している。
砂岩を切り崩し、積み上げてゆくことで住居の数はどんどんと増え、やがては住居に留まらず各施設も建造されていった。
その発展には「大迷宮」から得られる利益を見込んだ帝国の思惑があるとしても、今のところ、それによって不自由を感じさせるほどでは無かった。
何しろ、この街の主役は“探索者”だ。
帝国の大人しい臣民とは、到底言えないだろう。
言ってしまえば、探索者とはあぶれものだ。
そんな探索者達が集う広場が、街の中央にある。
噴水を中心とした、かなりの大きさの円形の広場だ。
その広場を囲むように、砂岩で作られた階段状の塀が設置されている。
普段は広さもあって、それほどやかましくは無いのだが、この日ばかりは探索者でごった返していた。
探索者の
階段に腰掛けたカリトゥの前には、3人の男がいた。
それぞれ、パーティーのリーダーだ。
カリトゥから見て、左側に立っているのはアルジュンだった。上気した頬で、周囲からの視線に精一杯抵抗している。
その横、3人の中央に立っているのはデニスというトールタ神の神官だ。
長身と言うよりは、全体的に大柄な男で、浅黒い肌、茶色の目。そして、もみあげの辺りの髪が真っ白になっているところが特徴と言えば特徴だろう。
全身を鎧で固め、左手に掲げる盾もタワーシールド。
“鉄壁”などというあだ名が“名は体を表す”を地でいっている。
デニスは年齢に相応しい落ち着き方で、今も目をつむり大人しくカリトゥの声を待っている。
残りの1人。
名をカゲンドラと言った。
銀髪に琥珀の瞳の、目が覚めるような美貌の持ち主で、魔術も使える剣士というだけでも抜き出ているのだが、レベルも50に達している。
カゲンドラは周囲からの視線を、こともなげに受け流していた。
剣帯に吊した
魔術付与された宝石が、キラキラと輝いていた。
どうやら鎧は身につけてこなかったらしい。
カゲンドラこそは、最も成功した探索者と言えるだろう。
あだ名は不敬罪に問われかねないため、堂々とでは無かったが“
実際、カゲンドラ自身はそのあだ名を拒否する素振りが無い。
もしかするとヨーリヒア王国の王族とまでは言えないが、貴族の落胤である可能性はあるだろう。
この3人が、カリトゥが指名したパーティーのリーダーだ。
当然、他の探索者の視線もこの3人に集まるはずなのだが、もう1人、注目を浴びている者がいた。
真っ黒なスーツアーマーに身を包み、同じく真っ黒な兜を被った男。
その兜には牛のような二本の角が意匠として施されていた。
そして浅黄色のマント。
デニスと並んでも見劣りしない長身ではあるが、全身鎧で固めていても、細身の印象だ。武器は大振りのロングソード。
剣は恐らくバスタードソードなのだろう。
それを裏付けるように、盾は持っていない。
男の名はワルヤ。
かつてマコトと組んでいた男だ。
当然、カリトゥとも組んでいたことになる。
現在、
当然、マコトとケンカ別れした……などという噂話には事欠かない。
カリトゥは当然、マコト派ということになるわけだが、そのマコトが引退してしまった。
となれば、結果的にカリトゥはワルヤと再び組むのではないか?
そんな風に考えてしまうのも、無理も無いところだ。
だが――カリトゥは移籍先候補として、ワルヤを選ばなかった。
よほどのゴタゴタがあったのか……
こうなると、周囲の想像は下世話な方に向かってしまう。
もともと探索者は、大半が品が良いわけでは無い。
つまりは噂になっているゴタゴタとは恋愛がらみではないのか? ……という想像に落ち着いてしまう。
「カリトゥ」
不意にワルヤが呼びかけた。
兜を深くかぶりながら。
「なんですか?」
座ったままのカリトゥが、すぐさまその呼びかけにこたえる。
「これが君の答えなんだな?」
「そうです」
「だが、これはマコトの望みでは無いのでは?」
一瞬――広場に静けさが満ちた。
3人のリーダーも、思わず息を呑んで、このやり取りがどうなるのか、カリトゥとワルヤを見つめている。
「…………」
だが、カリトゥはそれにこたえなかった。
ワルヤはそれを気にした風もなく、続けてこう尋ねる。
「それで、最初に参加するのはアルジュンのパーティーなんだな?」
「……それは……そうです」
今度はこたえるカリトゥ。
そのカリトゥの言葉に驚いたのは、アルジュンだった。
色々と疑問が残るワルヤの問いかけだったが、一番の驚きは、まるで試験が順番に行われるようなワルヤの物言い。
そして、それを否定しないカリトゥ。
その驚きは周囲の探索者達にとっても同じことだった。
呆気にとられる視線の中、ワルヤは短く、
「そうか」
とだけ言うと、マントを翻して広場を後にする。
それを探索者達が視線だけで見送る中、アルジュンだけがカリトゥから視線を外さなかった。
「ど、どういうことですか?」
「まったくワルヤさんが、バラしてしまって。驚かれたと思いますが、実はこういう事です」
改めてカリトゥは3人のリーダーに説明する。
アルジュンから順番に“移籍したい”パーティー候補だという説明から始まって、その順番が、アルジュン、デニス、カゲンドラ。
順番があるのは
だから、カリトゥがパーティーを選んだように、各パーティーも自分を試してくれると助かる。
それがカリトゥの主張であり、それだけなら謙虚と言える内容であったかも知れない。
となると、残る疑問は一つだけ。
「――何故この順番になったのかな?」
デニスが年長者の義務であるかのように重々しくそう尋ねると、カリトゥは笑みを浮かべながらこう答えた。
「マコトさんが、気にしていた順番です」
もはや伝説とも言うべき
そこには謙虚さがかけらもなかったが。
――こうして3人のリーダーが、カリトゥのやり方を受け入れたのだ。
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