第一章 アルジュン
大迷宮に入る前に
カリトゥは“一組目”のパーティーに同行していた。
パーティーリーダーの名はアルジュン。
アルジュンは赤い髪を長く伸ばした、背の高い男だった。
少しばかり粗野な印象のある20代後半。
武装はブレストプレート。左腕には大型のラウンドシールド。
そして武器はロングソード。
ごく標準的な
レベルは40といったところだろう。
そんなアルジュンと組んでいるのは、リタとルパという双子の少女だ。
“女の子”と言っても良いかも知れない。
10代半ばほどの
金髪碧眼で、アルジュンも同じく白い肌。
3人ともヨーリヒア王国から流れてきたのかもしれない。
リタは
手に持つ武器は、それぞれスタッフにウィップだ。
ただ体力がない事が理由なのか、防具については本当に軽い物を身に纏っているだけ。恐らくはソフトレザーなのだろう。
こんな3人のパーティーに、カリトゥは同行している。
いや同行と言うよりも、ただパーティーについて行ってるだけのように見えた。
装備は鋲打ちのハードレザーに腰の後ろに差した二本の短剣。
この辺りが目立ったところだが、ネックレスや指輪。ブレスレットなど装飾品も目立つ。
そしてショートヘアーの黒髪を黄金色のカチューシャでまとめていた。
もちろんお洒落のためでは無く、魔術付与された特注品なのだろう。
さすがは
斥候職とは言え、その戦闘能力は戦士であるアルジュンを上回る可能性もあるのだが、今のところ戦闘に参加する意志は見えない。
「普段のアルジュンさん達を、私に見せてください」
というカリトゥのリクエストにアルジュンが応じた形だ。
アトマイアから「大迷宮」までは当たり前だが山道だ。荒野と大差ないゴツゴツとした岩石が転がり、草も木もまだら。
登っていく内に視界に入ってくる溶け残った雪も、その風景に寒々しさを加えてくる。
それでも「大迷宮」に向かうまでの道はすっかり踏み固められているので、少なくとも迷う心配だけはない。
ただ、この周辺に棲息するモンスターには定期的に獲物が現れる猟場として認識されているらしく「大迷宮」に挑む前に、まずこの山道を突破しなければならない。
あるいは試験場的な役割も、この山道にはあるのかも知れない。
つい先ほども、
アルジュンはラウンドシールドを巧みに使い、ほとんどのスノーウルフを一刀のもとに斬り捨て、ルパに警護されたリタはファイアの魔法で、スノーウルフの群れがパーティーを回り込もうとする動きを牽制する。
まず楽勝、というところだろう。
もともと、この辺りのモンスターはアルジュン達の脅威にはならない。
危険に陥ることも無かった。
だからこそ、カリトゥは暢気に傍観していたわけだ。
最初から彼女が戦闘に参加する必要は無かったのである。
そして今、再びモンスターが現れた。
今度は
その巨大な角は十分に凶器。スノーウルフでさえ、返り討ちに遭うこともある。
アルジュンは慎重にラウンドシールドを構えて、アイアンホーンと対峙。
ラウンドシールドで、その角の一撃を迂闊に受けてしまえば、盾ごと貫かれる可能性もある。
しかしアルジュンも素人ではない。
何と言ってもレベル40までに到達しているのだ。それだけの経験は積んでいるし、何よりレベルの上昇に伴って、身体能力も強化されている。
ラウンドシールドを掲げながらアイアンホーンに近付き、双子を
剣と角がぶつかり合って、火花が散る。
「また、角で稼ぐことが出来そうだ!」
「油断しないで!」
戦いで興奮したらしいアルジュンが吠える。
それを注意するルパ。
リタは魔術の準備のために、スタッフを振り回している。
大きな魔術を放つつもりらしい。
そんなパーティーの様子を、カリトゥは興味深げに観察している。一瞬、その視線が山道を上へとなぞってゆくが、声を出すことは無かった。
「
リタが魔術を放つ。
裂傷をもたらす
かなり上位の魔術だ。
アイアンホーンのみならず、もっと危険で、そして強力なモンスターにさえ通用する魔術であることは間違いない。
アイアンホーンが、体に刻まれた傷から逃げるように大きく前脚を上げたところで、アルジュンがその胴体に深々とロングソードを差し込む。
それがとどめとなった。
アイアンホーンは横に倒れ、鈍い音が響く。
これからアイアンホーンを解体して、角も回収しなければならないだろう。
使ったポーションも含め、武器のメンテナンスに、携帯食料。
戦えばそれだけ、金が掛かると言うことなのだ。
その作業が一段落する頃には、すでに夕刻になることは間違いない。
つまり今日中に「大迷宮」に入ることは出来ない――
▼
「周囲見回ってきました。トラップも警報も設置しましたから、もう大丈夫ですよ」
アルジュン達が夜営の準備をしている中で、カリトゥは自分で申し出て、その辺りの作業を受け持った。
今まで戦闘に参加しなかった埋め合わせのつもりなのだろう。
「……早いですね」
「慣れですよ。それにルパさんだって、これぐらい問題無いでしょ?」
「それはまぁ……」
伏し目がちのルパに、カリトゥは明るく語りかけた。
同じ斥候職であるだけに、それぞれの力量が良くわかるのだろう。
こういう基本的な作業では、レベル差はあっても二人の間にそれほど差は無い。
「カリトゥさん、どうですか俺達は!」
カリトゥが帰ってくるのが待ちきれなかったのか、火の側に座るアルジュンが声を掛ける。
カリトゥは微笑みながら、その向かい側に座った。
リタが、そんなカリトゥにマグカップに入れたハーブ茶を差し出した。
その気遣いにカリトゥは礼を言いながら、アルジュンの問い掛けに応じる。
「私は、アルジュンさん達に偉そうなことは言えませんが……」
「そんなことありませんよ! マコトさんとずっと一緒に探索していたんだ。それだけでも、カリトゥさんの凄さがわかりますよ!」
「マコトさんに会ったことがあるんですね?」
「それはそうです。あんな凄い人……いえ、挨拶交わしたぐらいなんですけどね」
そんなアルジュンの素直な言葉に、カリトゥは笑みを深くした。
「そのマコトさんが、気に掛けていたんですよ。あなた方のことを」
「え!? 俺達をですか?」
アルジュンが驚きの声を上げる。
「あ、あ、あの……」
今度はリタが声を上げた。
「こんな事言うの変かも知れないですけど、どうして私たちだったんですか? もっと大きな……その、なんて言うか良いパーティーあったのに、あたしたちに……」
「なるほど。その辺りから説明した方が良いのかも知れませんね」
カリトゥは深く頷いた。
だが、すぐに顔を曇らせる。
「でも、リタさんしっかりとお休みしないと」
精神力の回復には睡眠が大事であることは言うまでも無い。
「ここまで来たら、説明して貰わないと……かえって眠れないですよ」
そんなルパの言葉に、カリトゥは笑みを見せた。
「それもそうですね。では、出来るだけ短くまとめましょう」
たき火の火がはぜる。
それがまるで、合図のように――
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