やさしい結論

「2人とも――」

「ジーバン! アスミ! プナムを持ってこい!!」


 ミランの絶叫が響いた。


「シーラはすぐに『癒やしヒーリング』を!」

「承知だわ! 『癒傷キュア・インジャリー』で傷をふさぐ! 助かる!!」


 絶叫でやり取りしながらも、ミランはミノタウロスに攻撃を仕掛けた。

 シミターで斬り裂くような攻撃では無い。身体ごとぶつかるような、荒々しい攻撃だった。


 その攻撃を受けたミノタウロスは――身体ごと倒れそうになって、後ろへとたたらを踏む。

 ミランに力負けしたのだ。


「カリトゥ! 少しだけ頼む!」


 ミランの絶叫によって言葉をさえぎられたカリトゥは、何も言わずに体勢を崩しているミノタウロスに躍りかかった。


 その僅かの間に、探索者たちパーティーの体勢は整いつつあった。

 祈りが効いたのかプラムの胸はしっかりと上下しているし、エクレールもロヒットに喝を入れている。


 カリトゥに前線を任せたミランは、そのロヒットの元へと向かっていた。

 そのままエクレールを交えて、なにやら相談している。


 カリトゥは視界の端にその光景を収めながら――跳ぶ。

 ミノタウロスの巨体自体を足場にして、急所のある頭部、あるいはのど笛にも迫りそうな勢いだ。


 だがカリトゥの2本のナイフが傷つけたのは、ミノタウロスでは無くて壁面。


 外した!? ――いや、これは……


石槍ストーンスピア!」


 ロヒットが魔術を放つ。

 それによって、カリトゥが傷をつけた箇所かしょを目印にして、ストーンスピアの切っ先が真横に繰り出された。


 果たしてそれは、ミノタウロスには当たらない。

 だがこれもまた狙い通りであった。


 まるで階段を登るように、ミランが壁面から横に突き出たストーンスピアを駆け上がる。

 こうしてミランは、この戦いで初めて優位なポジションを獲得した。


 ミノタウロスの急所を狙うのに最適なポジションだ。

 しかも、ミノタウロスの体勢はいまだ十分ではない。


 ミランの上腕筋が震え膨張した。そしてミノタウロスの角の合間に、曲刀シミターごと叩き込んだ。シミターごと折れそうな勢いで。


水牢アクア・ジェイル!!」


 今度はエクレールの声が飛ぶ。

 魔術だ。その目標はデニスが1人で抑え込んでいた、もう1頭のミノタウロス。


 突如出現した巨大な水の球が、ミノタウロスの巨体を


「出し惜しみは無しだよ! 『雷網ボックス・レーテ』!!」


 エクレールが続けて魔術を放つ。

 本来ならば、多くのモンスターを同時にほふる大魔法だ。それをアクア・ジェイルが生みだした水の球に向けて放つことで、威力をミノタウロス1頭に集中させる戦術である。


 あまりにも効率が悪すぎるので威力は高いが探索では使いづらい戦術だが、思い切ってしまえば――


「よし! サロンまで走るぞ!」


 状況を把握していたデニスが、振り返りながら指示を出す。


 ――こうしてパーティーは、2体のミノタウロスの死体をあとにして、懸命に駆けだしたのである。


 ミランとジーバンに担がれたプナムは、重傷に続いて悲惨な目に遭うことになったが、生きていればこそ、である。


                 ▼


「さて……」


 と、皆が灯りの周りで車座に腰を下ろしたところで、口火を切ったのはカリトゥだ。


 ここはモンスター襲撃の可能性が低いサロンだ。他のパーティーと出会う可能性もあったが、今のところ、その気配は無い。


 それならそれで、しっかり休息するべきなのだが……


「でも、本当に今からやるんですか? エクレールさんなんか――」

「それ言い出すならなんて言い出すんじゃ無いよ」


 精神力の回復のためにも、エクレールは十分に休まなくてはならないはずだが、熱心にカリトゥに詰め寄っている。


「だってそれは……わかるでしょ? ミランさんが、まぁ、力を隠していたというか……」

「やっぱりそうなんだ!」


 と、浮かれた声を上げるシーラ。

 何しろ、いよいよミランが1番であることが証明されたようなもだからだ。


 そうとなれば、ミランはパーティーから独立するが決定的になるわけだが、その辺りはあまり考えていないらしい。


 シーラの迫力に、休んでいるプナム以外の3人が小さくなっている。


 ではミランは? というと、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。目元の泣きぼくろが、さらに哀れさを誘う。


 だがミノタウロスとの戦闘時、的確な指示を出したのもミランであるのだ。その上、ミノタウロスの剛力と正面からやりあえる力を見せたのだから――


「それで結論と言うのは、何かな?」 


 レベルの違いもあって、パーティーでも随一ずいいちの力の持ち主デニスが先を促した。

 それに対してカリトゥはうなずきを返した。


「私の、このパーティーへの移籍についてです。試験採用だったわけですし」

「それは……」

「だけど、その前に整理しましょう。皆さん、どうやら誤解されている部分が多いみたいですし、そこから説明させて下さい」

「誤解?」


 カリトゥは照れたように頬をかいた。


「ただ、これから先を説明すると、ミランさんがとっても恥ずかしい事に……」


 そうカリトゥが口にした途端、ミランはイヤイヤと首を振った。


「でも、これ説明しないと、どうにもなりませんから――簡単に言うと、ミランさんはです」


 ――子供。


 その単語が、全員の意表を突いた。


「順番に説明すると、蜥蜴人リザードマンと戦った時があるでしょ? あの時からおかしいとは思ってたんですよ。確かに効率的な戦い方ですけど、ミランさんならもっと簡単に倒すことも出来るはず。それをしなかったのは……ミランさんはデニスさんの前でカッコつけたかったんです」


 そのカリトゥの説明に皆の目が開かれる。

 だが、ミランからは反論の声が上がらない。逆にどんどん小さくなっていた。


 カリトゥはさらに続ける。


「あれはねぇ。私への当てつけの意味もあったと思うんですよ」

「……なるほど、子供だ」


 納得したデニスが、苦笑を浮かべた。


「じゃ、じゃあ、ミランはあんたが嫌いってことかい?」

「そんなハッキリした感情は無いと思いますよ。ミランさんが考えているのは、デニスさんとずっと一緒にいたい――突き詰めればそれだけ。だから、私が入ってきて自分が追い出されるのが怖かったんです。だから――」

「だから?」


 ついに経験の浅い、ジーバンから声が上がった。


「私がやった馬の手配にも思うところがあったんでしょうね。それで洞窟でも、デニスさんに馬に乗って貰おうとミランさんは考えた。それで……」

「そんな風に説明されてないんだけど!」


 シーラがそれに割り込んだ。

 それにカリトゥは肩をすくめる。


「あの時はまだ、私も確証を持てなかったので。ただ先ほどの戦闘を見て、そこから改めて考えてゆくと、今まで疑問に思っていた色んな事が説明出来ちゃうんですよ。何しろを気にしてたんですから。調べにいったあの洞窟ではね。その理由を考えると――」

「ミラン、実際のところどうなんだ?」


 デニスが重々しく尋ねると、ミランは観念したのかさらに小さくなってうなずいた。

 そんなミランにカリトゥは追い打ちを掛ける。


「発想は良いんですが、内緒にしておこうと考えてしまうのが、やっぱり子供なんですよね」

「ぐ……」

「ああ……でもこれが、どう繋がるんだ? その移籍問題にさ」


 エクレールが諦めたような声を出しながら、軌道修正をこころみる。


「これで、ミランさんの想いと問題点がわかったと思います。ミランさんが独立するって話は立ち消えになったのでは?」

「ああ……なるほどね」


 カリトゥとミランを独立させる。

 そんな方法もあると、エクレールはカリトゥに告げていた。


「それにこれは、ミランさんだけの問題じゃ無いんです。大迷宮は今、変化を始めています。今までと同じやり方では通用しなくなります」

「む……」


 その指摘に、デニスが呻き声を上げた。

 現れる深さでは無いはずなのに、出現するモンスター。

 さらには、同時に襲いかかってきたミノタウロス。


 変化していることは認めざるを得ないだろう。


「デニスさんの方針――“生活できるようにする”を優先させたとしても、浅い階層から強力なモンスターが出現する可能性があるんです。それなら、ミランさんを独立させるのでは無くて、さらにパーティーを広げて余裕を持った方が良いと思うんです」


 そこでいったん切って、さらにカリトゥは説明を続けた。


「ミランさんなら別働隊のリーダーも務まるんじゃないですか? 実際パーティーをよく見ていたこともわかったわけですし。すぐにロヒットさんに名誉回復のチャンスを作ったことは、素直に感心しましたよ」

「あ、あれはデニスさんの、ま、真似をしただけ……」


 ようやくのことで、ミランの声が聞こえてきた。それに笑みを見せるメンバーたち。それにカリトゥの提案はシーラにとっては特に魅力的に思えたようだ。

 頬を上気させて、熱心にうなずいている。


 そんなパーティーの思いを代表するかのように、デニスがうなずいた。


「――わかった。すぐに決めることは出来ないが確かに君の言うとおりだろう。それで君自身はどうするんだ? もっともこれも答えは出ているようなものだが……」

「ああ、やっぱりそうなっちゃいますよね」

「お、俺は、すごく……戦いやすかった!」


 ミランが声を上げる。ついでに右手も挙げていた。


「まぁねぇ。あたしとしてはアンタの手配の抜け目の無さに感心するばかりだったよ」

「わたしも、気に入りました!」


 エクレールとシーラが、それぞれの言葉でカリトゥを引き留める。

 そしてジーバンたちも、


「色々教えて欲しい」

「ミランさんが子供なら、カリトゥさんがいないと……」

「探索のこと以外にも聞きたい事沢山あるよ。それはプラムも同じだと思う」


 と一斉に、カリトゥに詰め寄った。

 デニスがその意見をまとめるように、カリトゥに告げる。


「――君の提案どおり、今のパーティーのままでいくのなら、君の力は必要不可欠だし、それに何より僕たちはうまくやれそうだ。お互いに、試験合格。――それが君の結論なんだろう?」


 デニスの言葉に、カリトゥは諦めたように頭を左右に振った。

 そして――


「……仕方ないですね。これからよろしくお願いします!」


 と、笑みと共に移籍を決意した。

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