追放された魔法使いの日常。

は?


としかユグルク・ライトは言えなかった。

16歳の端境期。魔法使いにして6年目だが、アマともプロとも言い難い。そんな時期である。もちろんそれなりの報酬はあり、十分生活には困らない。それで満足して暮らしている冒険者が随分いることは確かだ。だがユグルクは悩んでいた。果たして、このままでいいのか。自分はどこまでやっていけるんだろうか。うだうだして暇つぶしにゲームしているような日常よりも、もっと刺激が欲しい。新しい世界がみたい。

プロの魔法使いを目指そうか、何か挑戦をしたいと思っていたところに運よく自分よりも格上のメンバーと縁があり、研鑽を積むために普段はいかないような上級レベルのエリアに向かったのであった。

だから、まさかそこで自分が置いてけぼりにされるとは思っていなかったのだった。

まさか、魔物ではない罠にかかるだなんて、寝違えてでも思わなかったに違いない。

さらになんとも滑稽な罠であった。キャンプで食事中に睡眠薬を入れられ、目覚めればいなくなっていたのである。


もう一度言おう。そこはプロ向きのエリアであった。キャンプはすでにたたまれ、魔物除けの呪文もすでに撤回された場所に無防備にさらされた雛が一匹・・・・・。


魔物にとっては絶好の機会(餌)である。


だが曲がりなりにも魔法使い。急いで噴煙をまき散らし、爆炎とともにかろうじて逃げ切った。ギルドから3日かかったこの旅路を戻るのに5日。魔法は使えても回復は使えない。痺れ虫の毒牙による毒に侵されつつ命からがらギルドにたどり着いた彼を待ち受けていた運命はさらなる悲劇であった。


「この痴漢男!」


当のメンバーの女性に、周囲の注目のなかで平手打ちをくらわされた時の衝撃ははかりしれまい。


「は」


「よくも私の親友の・・・親友をやってくれたわね!」


「お前がそんなやつだとは思わなかった。本当、なのか?」


「は?」


なにを言ってるんだ。


「証拠写真だってあるんだぞ!」


カウンターに映し出されたスクリーンを見れば確かに、嫌がる女性とそれを襲った(かのように見える)男、自分を抑えるリーダーの姿が撮られていた。

覚えがない。おそらく睡眠薬を入れられた後だ。


「な、!」


ショックのあまり口のきけないユグルクを背に、淡々と”犯人”による声だけが浸透していく。


「俺が間違ってた・・・休憩中にあんなことをするだなんて。少しでもためになればと思って誘った俺が馬鹿だったんだ!こんなことになってしまってどうする!?彼女になんて言えばいいんだ!?」


「リーダーは悪くない!これはあの男と、その本性を見抜けなかった私たちの問題だ!」


「でもそんなの普通分かんないでしょ!それよりあの子は?大丈夫なの?」


「彼女は今精神的ショックで医務室にいる。お前、最悪だよ。」



「どう責任をとるつもり!?」



場は静まった。野次と驚愕の声だけがざわついている。乾いた声だけが出ようとしたが、喉が詰まって心臓が煩い。違う、違うんだ。こんなことになるなら、挑戦するんじゃなかった。少しでも希望を持った自分が馬鹿だった。苦しい、心臓が痛い。


「みなさん、落ち着いてください。」


重苦しい空気を沈めたのはギルドの長ダグラス・ロイゼンであった。ダグラスはユグルクに向かって静かに告げた。


「君、今日はギルドに泊まっていくように。明日処分を下します。それまでに呼吸を整えてきなさい。」


後のことはぼんやりしていて、よく覚えていない。


夜分。簡素というよりむしろ殺風景にも思えるこの部屋は、キャンプよりも味気ない。随分気持ちが収まった彼は名誉のため、不服申し立てとして長にかけあった。


「君のいうことが本当だとして・・・。」


「本当なんです!これは冤罪です!」


「彼らはプロだ。討伐記録は常に上位、信頼度は高い。リピーターだって大勢いる。一体何の不足があって、犯行に及んだというのかね?」


「それは、」


当然、より強固な結束を結ぶために自分を利用したのだ。はっと閃いた。


「あの、心を読める能力のある人はいませんか?そしたら分かるはずです!」


「今のところいないね。仮にいたとして、その冒険者が信頼に足るという証は?能力を悪用する者の末路を君も見ただろう。」


ー「”堕ちた勇者”事件」か。


彗星のごとく現れ、見事魔物討伐の最新記録を破った一団がいる。ギルドをも圧倒する彼らの集団名を、銃創の騎士、銃創の勇者と呼んだ。当時街を滅ぼそうとしていた鬼の魔物に対して、これを打ち破ったときには街だけでなく、ギルドをあげて大騒動になった。夜通し祭りが開かれ、像も作られようかといった勢いだった。

彼らはその後もギルドに君臨し続けた。健全に見えていた、というのが正解だ。

仲間の中のテイマーが悪魔と契約していることを誰が知っただろうか。隠された気配により、蝕まれていった彼らの現実は最悪の形で冒険者に露出した。

朝食のテラスにて「勇者」らの中心で突如闇の渦が発生したのだ。テーブルごと勇者らが吸い込まれる。”朽ちて”いく姿はじわじわと骸となり・・・。断末魔の悲鳴すら闇の中に掻き消され、すでに行方がしれない。

後に分かったことだが彼らは色々なものに手を染めていた。この頃起きていた冒険者の、行方不明者続出にも関与していた後があったという。

当時自分は中学生であり、新聞で事件を知った。


こうしてギルドの評判は一気に急降下した。しばらくは冒険者離れが続いていたが、地道な慈善活動の他、細々と討伐依頼も受け、年々信頼を取り戻して今になりつつある。ちなみにギルドの長ダグラスに任せられたのも勇者事件以後であった。



「君のいうことが「嘘」だとは言わない。」


「だったら!」


「どちらにも確たる証拠というものが無い限り、努めて冷静に、公平に裁かなければならないことはいうまでもないね?あの写真はどうにも本物らしいが。」



「「声の大きいものが必ずしも正しいとは限らない」・・・・。」


未だに震えが止まらないのは、傍観者の疑惑と侮蔑に満ちた視線であった。


「残念ながらこの世界でも弱肉強食はあるのだ。そのやり方がどんなに人格を損なうものだとしても一時的に勝とうと思えば勝ててしまう。勝ち取ったものの犠牲を振り返ることなくば、あの勇者のようになる。」



未だに怒りが止まないのは、被害者を本気で演じている彼らの怠慢であった。証拠がないと何もできない自分の無力さであった。何より、そんな彼らを純粋に信じてしまった自分であった。



明日から、一体どれほどの精神的ストレスを抱えて生きるはめになるだろう。あんなものまで見せられて・・・・・。


「・・・分かった。「ギルドは君を追放する。」」


「は?」


「お金は用意してある。」


「なんのことですか?」


「」


「・・・・・写真ですか。」


「こうなってしまった以上、ギルドとしても放っておくわけにはいかない。だから本気なら、這い上がってみせなさい。こちらでも彼らの動向は掴んでおく。」


ーーーーーーーーーーーーーー


翌朝未明、一人の魔法使いがギルドから追放された。誰も知らないうちに出て行ったつもりだった。



「違うのに。絶対に違うのに。」


遠くなる彼の背をテラスの窓際から見ている人影がいる。一人の冒険者が誰とも知らずにひとりごちた。レンリ・エメラルドという”自称”読心術者であったが彼女の詳細はまた、どこかで明らかになる、かもしれない。


ーーーーーーーーーーーー


数日が経った。行き倒れていた男、ユグルクを助けたのは辺境の老人である。寝覚めが悪いからという理由であった。その老人さえも自分の噂を知っていたとしって苦笑した。なるほど、風邪の噂というのは俺の風魔法よりも早い!


冒険者としての免許を剥奪された彼は魔法使いとしてやっていけなくなったわけではない。ただ、依頼を受けること、勝手にメンバーを立ち上げること、などができなくなった。

慈善事業でしか生きていけないという無理ゲーはやめておこう。なによりもまず老人に感謝し焚火のための槙を丸一日かけて作った。

スープとパンを貪りながら隣町までの道を教えてもらい、杖で飛べるわけもなかったので箒を借りてみたところ、地理的な道筋はあっているらしい。随分疑い深くなってしまったものだ。仮にも命の恩人だというのに。


ーーーーーーーーーーーーー


魔法使いだが使えない魔法がある。治癒魔法、回復魔法だ。ゆえに道中の薬草集めは必須中の必須任務。魔物除けのバリアでも長くは持たない。さらに魔物を討伐しなければ経験値もつかないというので、一日を討伐に、もう一日を採集にあてることにしている。おかげで炎のバリエーションが増え、苦手な水の魔法も少しは覚えた。魔法の他、補充スキルというポケットのような機能もあるが、あまりあてにしていない。


「鼠花火!」


相手はオークの小型種、数匹。スナガ。同時多発的に煙と火を拡散させることで、相手の目を眩ますと同時に多数の動物の魔物に有効な魔法だ。名前は想像しやすく、使いやすいのを使用している。が、


「ぐっ・・・!」


背後から矢の一撃。不意打ちは起こりうる。しかも


(また毒か!)


こういうのは時短が最善だが、生憎数の多さで間に合わない。HPが半分になってから初めて閃光を放ち、懐から丸めておいた薬を飲み込む始末だ。




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story ~異世界編~ 朝凪 渉 @yoiyami-ayumu

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