第7話 開演の幕

 音楽大学の芸術祭。

 それは普通の大学とは少し色が違う。

 もちろん屋台や出し物などはあるが、それを構成しているサークルや部活は、圧倒的に音楽系統のものが多いのだ。

 中には主専攻じゃない楽器を担当するものたちを集めたオーケストラや、大きなジャズバンドサークル、そして、有志数人で集まった小さなトリオやコンビまで、規模は様々だ。

 "三つ葉トリオ"というサークル名を掲げた美龍たち三人もその中の例に漏れない集まりの一つで、彼らは小さな練習場を演奏場所として選んだのだった。

「三つ葉トリオ、一時からBスタジオで演奏します! お昼後にゆっくりどうぞ~!」

「メンデルスゾーンのピアノトリオ一番全楽章です! よろしくお願いします〜!」

 三つ葉の手書きのイラストが描かれたチラシを李里奈と美龍は手際よく通行人に渡していく。

 意外なことに尊はこういうのが得意で、チラシを配って宣伝しよう、という話になった次の合わせの日、描いて持ってきたのだ。

 そういうことに疎い美龍は素直に感心し、李里奈もいいんじゃない? とその日のうちに芸術祭実行委員会への提出が決まった。

 美龍は卒業生だが、芸術祭でかつての先輩を演奏者として呼ぶのは珍しくないので、通行人の中にかつての同級生も何人か見かけた。

「そろそろいいですかね! リハに戻りましょう!」

 尊のその一言で三人はチラシ配りを終え、リハの練習室へと足を運んだのだった。




 本番前には独特の緊張感が漂う。

 演奏者にはそれぞれ演奏前に自分の調子を整える方法が存在する。美龍は午後の本番の時にはお昼は軽くサンドイッチを食べて冷たいミルクティーを飲むのがルーティンだ。

 尊はタバコを吸って戻ってくると音の確認をしている。

 李里奈といえばさっきからずっと水を飲んでいる。

「李里奈、大丈夫?」

「ひゃっ⁉︎ ははははなしかけないでよ! 集中してるんだから!」

 集中というよりかは明らかに緊張している彼女を見て尊が笑う。

「李里奈はいつもそうなんですよ。この前のオケ乗った時だって」

「うるさいうるさい!」

 李里奈は立ち上がると黒でまとめたステージ衣装に鮮やかな緑のストールを巻いた。

 このスタイルは三人で考えたもので、黒を基調にしたのは全員柳沢の知り合いだからという理由だ。

 そして緑はトリオ名の三つ葉から。三重奏を構成する彼らが一人一人、葉っぱのように独立して、しかし同じ根っこから生えている一つの植物のように調和した音楽を奏でたい、という思いでこの名前になった。

「さて、三つ葉トリオはじめての本番、行きますか!」

 そして開演のベルが会場に鳴り響いたのだった。

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