第6話 好きの共有

 次の日は仕事が全く手につかなかった。

 残業してやっと帰宅してたのち、美龍はふとコンポの再生ボタンを押す。

 チェロの深い音から始まる美しい旋律。

「このCD、入れたままだったんだ」

 美龍が何枚も集めていたメンデルスゾーンの三重奏のCDの中で一番好きだったものだ。いつかは自分もこんな素敵な演奏ができればいいなと当時は心躍ったものだ。

「……やっぱ、好きだな」

 美龍はコンポを止めるとピアノの椅子に座る。

 国内で最も使われているメーカーの金色のロゴが、美龍を待っていたかのようにきらめいた。




「あ、来たんだ」

 練習室は一応予定通り取られていた。驚いた顔の尊と、部屋に入るなり嫌味を浴びせる李里奈に今日もよろしくねと返す。李里奈は不機嫌そうに顔をそむけた。

「ひとまず、一楽章。お願いします」

 有無を言わせぬ美龍の言葉に二人は焦って冒頭のページを開いた。

 チューニングのラの音。

 二人の準備が終わると李里奈が合図を出して弾き始め──そして、終わった。


「ちょっと──」

 音が切れるなり李里奈が立ち上がった。

「このまえと全然違うじゃない! どうしたの!」

 素直な反応に美龍は微笑んで口を開く。

「気づいたんだ。私、先が見えなくても音楽に真面目に向き合っているあなたたちに負い目を感じてた。うらやましくもあった。でも、ある人に言われて、自分だって音楽が好きだってことを認めてあげることができるようになったの。だから、この曲の好きなところも自信をもって好きだって、この表現がいいって、弾けるようになった。李里奈には嫌なことを言わせちゃったけど、ありがとうね。私は、音楽が、この曲が好き。だから、もう一度私と三重奏を奏でてはくれませんか?」

 そう語った美龍に尊と李里奈は顔を見合わせる。

「そりゃあ……」

「もちろん! 私、美龍さんととこの曲を演奏したくなったわ! 中間部のここはこうしたいんでしょ? でも私はこっちのほうがいいと思うわ! ね、どう思う?」

 李里奈の勢いに押された尊も負けじと口をはさむ。

「僕はこっち!」

「それはちょっと独りよがりかな~」

「そう、尊はいつもそう!」

「ええ⁉ ひどくない⁉」

 練習室の中に談笑が響く。

 そして再び音が鳴りだしたころには、そこには一つのわだかまりも残っていないのだった──。

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