38話 美春家訪問。

10/2


久しぶりだった。人の温もりに触れたのは。亜希菜を抱いたことにより、俺の思考は冷静になる。


亜希菜は、俺を元に戻すために夜這いしたのかもしれない。


「よしっ…!」


亜希菜が作ってくれた朝食を食べると、俺は、


「行って来る。」


そう言って、目立たない服装で家を出る。時刻は、9時47分。


この時間帯なら、美春のお母さんもいるだろう。


俺の家から美春の家は約30分のところにある。俺は小走りで美春の家に向かった。


* * *


「…結構、覚悟してきたつもりなんだが…やっぱり、緊張するな…」


俺の手には、来る途中で買った12個入のおまんじゅうが入った袋が握られていた。それを一層強く握り、インターホンを押す。


すると、インターホンから、『はい…』という、あまり元気のない返事が聞こえる。


「おはようございます、春咲勇気です。」


俺がそういった途端、何故だかわからないが、突然扉が開いた。


開いた扉から顔をのぞかせたのは美春のお母さんだった。


「…さ、入って。」


美春のお母さんに促され家に入る。


リビングに来たところで、俺は、おまんじゅうを渡す。


「つまらぬものですが…」


「あら…ありがとう。」


俺は、美春の写真が飾ってある仏壇に線香を上げ、手を合わせる。


(美春…ごめんな…葬式に、出れなくて。せっかくあの時に買った下着だって…)


俺は、思い出す。赤紫色の下着を買って彼女は、亜希菜達と共に浮かれていたことを。


………あれ、そういえば昨日、亜希菜を抱いたときに着てた下着って…


俺は、よく思い出してみる。


確かにあれは、赤紫色の下着だったはずだ。…そうか、亜希菜は、美春のことも配慮して、あの下着を着たんだ。


俺は、立ち上がると座っている美春のお母さんに頭を下げた。


「改めまして。み…雪子さん、お久しぶりです。勇気です。…葬式にも出席せず、こんな形で訪ねることになってしまい本当に申し訳ありません。」


俺は、深々と頭を下げる。


「…頭をあげてちょうだい。なにか、事情があったんでしょう?」


雪子さんは、優しく声を掛けてくれる。…自分が一番辛いはずなのに。


「…僕の気持ちが整理出来てなくて、勝手に自分は、美春の葬式に出る資格がないと思いこんで、行くことが出来ませんでした…」


「………………」


俺は、自分のことを正直に話す。


「雪子さんには、伝えとかないと、いけないことがあります。実は─」


「─美春も含め3人と、付き合っている。…違うかしら?」


俺が、言おうとすると、雪子さんが遮って言った。


「っ………知ってたんですね…」


「ええ。あの子が、勇気君と同性したいと言った時に。あの子が決めたことだから、3股してても、私は怒らないわ。」


「…俺は、美春を殺したようなものなんですよ…あの日…あの日に俺が寄り道しようなんて言わなければ…俺がもっと早く動いていれば…美春は今も笑っていたはずなんです…俺が…俺が…」


俺は、言いながら涙をこぼしていた。すると、体が柔らかな感触に包まれる。


俺は、目を見開く。雪子さんが、俺を抱きしめていたからだ。


「大丈夫。勇気君のせいじゃないわ。人はいつ死んでもおかしくない。それは誰も一緒。みんな平等よ。だから、そんなに気を落とさないで。もう高校生なんだから


雪子さんは、そう言って、泣く俺を慰めてくれた。本当は、自分の方が辛くて悲しいはずなのに。


俺は、しばらくの間、雪子さんに体を預けた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る