燃え盛る炎、瞬き輝く (中)

 ある日のこと。部屋の襖がガラッと勢いよく開いた。祖母が生け花のはさみを持っている。その時机に座って漫画を読んでいた。

祖母は僕の対面に仁王立ちになると、はさみを机にぶっ刺した。そして言い放つ。


「お前、人に死ねと言われたら死ぬのか。人生、余生を過ごして暮せと言われたらホイホイ従うのか」


 言い返す。

「ばばあ、何だよ、人に意見する気か?」

「そうだよ、孫がこのまま朽ちていくのを見ながら何で私は死んで行かなきゃいけないのか?」

「よくそんなことが言えるよな、大好きな小説も読めなくなったんだよ。分かるかこの気持ち」


「分からないね。小説が読めなくなった。だったらリハビリしろよ。何度だって立ち上がれよ。高校きちんと卒業できただろ。倒れたら倒れたら何度でも立ち上がれよ。お前の小説に対する気持ちはそんなものだったのか」


 祖母はその言葉を言い放つと倒れ込んだ。慌ててかけよる。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃない。最後くらい安心させてくれよ」


 祖母はぜいぜい息をしながら、

「お前の小説に対する魂はそれだけの物だったのか?」


 慌てて祖父と母親を呼ぶ。祖母をみんなで抱きかかえて部屋にあるベッドに寝かせた。そして酸素ボンベを鼻にあてた。

すぐさま祖母はすーすーと鼻息を出して眠り込んだ。


祖母は、本を神様みたいに扱っていて、少しでも粗末に扱ったら拳骨をくらった。


昔、祖母が元気だったころ、僕が小学生のころの出来事。

「本には神様っていうのかな、魂っていうのかな、宿っているんだよ」

「ばあちゃん、本はただの本だよ。紙っきれだよ」

 祖母はふっと笑う。そして本の表紙に手を置く。

「大人になったら分かるかもよ」

「そんなもんかねえ」

「私の夢は孫が書いた魂の宿った小説を読むことだよ」

 祖母に、

「僕、話考えたよ。それはね」


 真剣に語る。祖母はうんうん言いながらきいてくれた。小説家になりたいなって漠然と思った出来事である。それからは学校の授業中でも、塾の自習中でも気がつけば物語を頭の中で物語を紡いでばかりいた。


 懐かしい思い出である。


ぶっ刺されたはさみは夜までそのままであった。眠れなくて外に出た。小雨が降っている。体がほてっている。活火山のように体がほてっている。あまりにも熱いので雨に体をさらす。雨で濡れていく。思わず叫ぶ。


「くそー!  俺は死なねえ。朽ちもしねえ」


 猫が一匹のそのそと塀の上を歩いていた。目が合う。


「何、見てんだよ。くそが。おい。見てろよ。猫公! 障害のせいで小説が読めねえだと。そんなもん吹っ飛ばしてやる。お偉いさんが作った常識だと! 常識なんてくそくらえなんだよ」


 次の日親に大学で文学を学びたいと話した。


「無駄、無駄」

「でも……」

「病院の先生がこの障害に掛かったら高校卒業できただけでも幸せだと思いなさいって言ってたわよ」

「でも……」

「分かったら大人しく二階で寝てなさい。あんまり親や親戚に迷惑かけないで」


 その一言で堪忍袋の緒がプツリと切れた。


「うっせえんだよ」

 親は眉間にしわを寄せる。

「だれが、大学に行けねえだって! そんな未来のこと何で分かるんだよ。医者は神様か?」

「あんた親に向って!」

「お前、この障害に掛かったら文章も読めなくなるとかも信じてんのか?」

「だって事実そうじゃない!」

 そこで叫ぶ。

「うるせえんだよ。クソババア。決めた。常識ならひっくり返してやる。俺は大学に行くぞ。文学部に行って小説家を目指す。決めた!」

「蒼切!」

 椅子を蹴っ飛ばして家を飛び出した。


銀行に行き、いままで正月にもらったお年玉とかで貯めたお金を全部降ろす。

そのまま予備校の受付に行く。障害のせいで目が泳いでいる。

受付に行くと、受付のお姉さんがみんないなくなった。何回もすみませんと叫ぶ。奥の方から初老のおじいさんが出て来る。

「何でしょうか?」

「こ……」

「こ?」

「講義を受けたいのですが」

 おじいさんはぽかんとしている。足元では狐がソーランソーランと踊っている。眼の前には桜吹雪。だんだん登場人物が増えて傘をかぶったお地蔵さんまで出てきて一緒に踊り狂っていった。もうカオスである。

「講義を受けたのですが? お金もこの通り持ってきています」

 おじいさんはしばらくぽかんとしていたがやがて奥に行き、紙を持って来た。

「分かりました。じゃあこの紙に必要事項を記入してください」

「はい」

 いくつか必要事項を記入すると、提出した。そしてお金も払った。その間も狐たちは踊っている。しばらく見てたら姿が透明になり消えて行った。

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