燃え盛る炎、輝きまたたく
燃え盛る炎、輝きまたたく(上)
「ばあちゃん、元気か?」
青年はとある墓をスポンジで丁寧に磨いている。スポンジを何度も水に浸して。その後、その後、榊を入れる水の入った花立を洗う。そして花を供える。
合掌
ばあちゃんのありし姿が目に浮かぶ。白髪の髪の細いテンパ頭。背も小さかった。結構天然なところもあり、ときどき祖父に注意されていた。しかし、心は烈火を持っていた。なんせ僕がひねくれていたときに刃物を取り出して机に刺したんだもの。
「なあ、ばあちゃん。俺生活するの大変だけど一生懸命に生きてるよ」
その時、ふっと風が吹いた。すると、目の前で子ぎつねが踊っていた。しばらく子ぎつねを見ていると、子ぎつねはだんだん薄くなっていく。
「ばあちゃん、俺さ、十年経った今でも小説家目指してるよ」
風が吹き、葉桜がさーっと擦れる。気持ちいい青空だ。
*** *** *** ***
「あいつ切れたら何するか分かんねえぞ」
「私、怖い。あんな奴と一緒の高校なんて」
「目を合わせるなよ。やられるぞ」
御風蒼切(みかぜ あおきり)は周りから不審者の目で見られている。犯罪を犯したのではない。ただ、心の平衡が崩れて精神障害を患っただけである。
常にそんな眼差しにさらされているから、いつしか感情に蓋をすることを覚えた。精神障がい者は感情を持ってはいけないのか。特に怒りの感情。少しでも怒りの感情を出すと、周りが一瞬で凍り付く。そんなことが続く度いつしかこころの感情を凍らせた。高校の担任の教師とか「頑張れよ」とか「めげるなよ」とか言ってくれる。その言葉は本当の言葉、うわべだけの言葉かなとも思うが、うれしい。2年生の時に出来た親友はいつも一緒に学校の帰り道を帰ってくれる。その親友は自分にボールの投げ方などを教えてくれたり、勉強を教えてくれたりする。
その親友は高校卒業後、ある大学に行ってそして五年経つと、海外に行ってしまった。携帯番号も交換していない。自分のこの感情が壊れているのかもしれないと思うと、会話したり、メールも打つのも怖くなる。高校時代は気持ち悪がられたりもしたが、助けてくれる仲間もたくさんいた。幸せな高校生活であった。もちろん恋愛はなかった。高校時代は闘病生活の毎日であった。
大学受験勉強は高校時代にはしていない。親の勧めでド文系の頭なのに2年から理系に進んだせいで、数学とか化学とか試験の点数は一桁台のオンパレードであった。なんとかぎりぎりな成績で3年に進級した。オール2とかそんな成績で進級した。3年に上るとさらに試験問題が分からなくなり、しかも闘病生活で対人恐怖症やその他もろもろと戦っているのでほんとうに試験はずたぼろ。そんな中進路指導の先生との面談。
「蒼切、今回は本当に大変だったな」
「はい」
「身体の具合はどうだ?」
「ちょっとまだ具合が悪いです」
「そうか……」
先生はこほんと咳を一つする。
「それでだな、お前は大学進学をしたいんだってな」
「はい」
「文系の大学に? 理系の大学に?」
「理系の大学に行きたいと思っています」
「本当に?」
先生はじっと目をみつめてくる。
「本当は……」
「文系の大学の文学部に行きたいです」
「文学部に行って何したいの?」
そこまでは考えていなかった。何がしたいんだろう。
「何か文章に携わる仕事が出来ればいいなと思っております」
「そうか……」
「でも、親は理系の大学に進めといいます」
「辛いな……」
先生はじっと考え込んでいたがやがて。
「結論から言う。今年、お前、大学受験は無理だ」
頭がパニックになり、真っ白になる。
「無理って?」
「お前の学力はもう崩壊している。このまま行くと、大学進学どころか、高校中退になってしまうかも知れない」
「じゃあどうすれば?」
「今年は高校が卒業できるように中間テストと期末テストだけに一生懸命になれ。大学受験をしてはいけないと言っているんじゃない。まずは卒業のことだけを考えてその後に大学受験の事も視野に入れていきなさい。分かったね」
ちなみに高校の先生方は人情的な先生ばかりであった。自分が精神障害を患ったときに共に悩んでくれ、共に泣いてくれ、いつでも力になるからなって言ってくれた。
高校を卒業すると燃え尽きて寝たきりになった。布団の中で眠ったり、漫画を読んで過ごしていた。祖母がいつも言っていたことは、
「精神障害を抱えたのだったら大学に行きなさい。いろいろとバカにされることもあるからせめて大学を卒業していなさい」と。
それでも三年間ほとんど布団の中にいた。たまたま暇になったのである小説を開いた。まったく文字が読めない。一文字読んだだけで頭がくらくらする。
精神科の病院の先生に話を聞いたら障害のせいもありますねと言われた。その日は荒れた。今まで小説を読んで感動したりしていたのでまさか読めなくなっているとは思わなかった。
親に
「どうして俺を産んだ。地獄だよ」
って言い放ってやった。
母親は「うるさい」と金切り声で叫んだ。そして、
「私だって苦しいんだよ」
毎日喧嘩。精神障害を抱えてから祖父祖母の家に来たのだが、母親のいつも言う癖は
「親戚が結婚できなくなるから、静かに余生を暮らしなさい」
その言葉が大っ嫌いだった。何で人生を捨てなきゃいけないんだよ。お前はこの苦しみが分かるかよ。分かってて、そんな言葉を吐くのかよ。その言葉を吐かれるたびに心に火が点り、その火は炎となり、マグマになって体内をめぐる。
それでもへたれはうじうじとしていた。
昼下がりの自室が好きである。
時々、通る車やバイクのブーンという音。かすかに聞こえる通行人の話声のほかは静寂だから。
静かな部屋で漫画の本のページをめくる。
本をかぐと、独特な匂いがする。その本の匂いに包まれ、静寂な部屋で過ごすひと時。これはもう最高であった。
でもね。常に孤独感が付きまとっていたんだ。
同年代の友達と語り合いたい。
ふざけ合いたい。
そういやさ、甘酸っぱい青春って何。
甘酸っぱい初恋って?
その甘酸っぱいを知らない。
初恋も青春も送ってこなかったから。
座って自分と対話する。もう一人の僕に話しかける。
「青春って何?」
もう一人の僕の幻影は考え込む。
「そうだな」
しばらく考え込むと、
「分かんないけどさ。青春時代は恥ずかしさの連続だってどっかで見たな」
「恥ずかしい?」
「そう。失敗したり、苦しんだり、後から考えたら顔が真っ赤になるような事じゃね。わかんないけど。それこそ甘酸っぱい」
「失敗したり、苦しんだり、恥かしがったり?」
「そう」
「僕にもこれから青春時代来るかな?」
「来るかなじゃないんだよ。自分の手でつかみ取るんだよ」
目の前に子ぎつねの影が通り過ぎる。
子ぎつねはくるくると周りをまわる。子ぎつねが走り回ると、走り回った先から草木が生えてきた。
草木はどんどん伸びる。子ぎつねが「こーん」と叫ぶ。
草木はどんどんからまっていき、そして一本の木になる。どんどん伸びる。いつしか大樹になった。僕は飛んで空から大樹を見ていた。大樹に訴える。
「僕はいらない人間ですか?」
大樹は答えない。僕は叫ぶ。
「いらない人間を何故創造したんだよ」
すると頭に
「ほうか」
と響いた。
そして目の前がだんだんと白くなっていき、真っ白になった。
気がつくと布団の上で眠っていた。
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