燃え盛る炎、輝きまたたく(下)

1か月後。講義が始まる。若い学生に交じって講義を受けた。周りの学生たちは何となく浮ついているような感じがした。先生の話す内容を必死にメモをする。


クリスマスなどで町も浮つくときがあったが、勉強に励んだ。

それでも体がほてるときがある。


そういう時は雨の中、傘を差さずに帰ったりもした。体のほてりを取るためである。


 月日は過ぎる

 チクタクチクタクと時計の針が進む

 チクタクチクタクと時計の針が進む

 月日は過ぎる

 春の桜を飛び越えて

 夏の太陽をまたぎ

 秋の恋を飛び越える

 そして……運命の冬が来た

 運命の受験日が近づく

 運命の受験日が近づく


 受験校に見学に行く。冬が近づき、少し寒かった。中を歩く。学生の騒ぐ声がする。その声は甲高く、耳障りであった。周りの声が変質者が現れたとかそういう風に話しているんじゃないかとか考えてしまう。考えすぎと考え方を修正するが、一気に疲れが出る。なんとかふらふらになりながらも歩き、ベンチを見つけ座り込む。


息を整える。


ここまで人見知りだったかって情けなくなる。顔を上げる。女子学生が数人こっちを見ていた。もう無理。思考がパンクする。耳元で念仏が聞こえる。顔を伏せる。


息が乱れる。

息が吸えなくなる。


学校の雰囲気に堪えられなくなって目を閉じて耳をふさぐ。静寂が訪れる。しばらくそうしていた。


神様、仏様どうか助けてください。そればかり祈っていた。

その時である。


「ねえ、君?」

 どこからか声が聞こえる。

「おい、君!」


 今度は咎めるような声である。顔を上げる。そこには白髪かりあげ頭でひげをはやした長身のおじいさんがいた。おじいさんはくたびれたスーツを着ていて、足元を見ると、靴も汚れていた。おじいさんは煙草をくわえている。


「ねえ、君、ここの生徒?」

「いえ……」

「じゃあ、何? 不審者?」

「いえ……」

「ちょっと何か言いなよ。怖いよ」

 勇気を出して言葉を出す。

「不審者じゃないです」

「じゃあ受験生?」

「はあ……」

「何学部受けようと思ってるの?」

「文学部を……」

「そっか、ここの文学部難しいけど大丈夫?」

 皮肉めいた言葉にぐっと言葉が詰まる。

「あなたは誰ですか?」

 おじいさんは、タバコに火を点けて、吸いこんで吐き出す。けむりがふーと出る。

「そうだね。紹介が遅れたね。僕はここの先生で、伝承文学を教えているよ。君、伝承文学って知ってる。民俗学ともいうんだがね」

「民俗学って言うと……すいません。分からないです」

「面白い学問だよ。いろいろと解釈はあるんだけどね。僕の考える民俗学は庶民の生活を学問して日本人の魂を知る事」


「日本人の魂?」


 そのとき、向うから学生が走ってやって来る。

「先生! こんなところにいて!」

 おじいさんはわははと笑い、

「じゃあな。青年よ」

 おじいさんは立ち上がる。思わず叫ぶ。

「先生!」

 おじいさん先生は、

「何だね」

「僕は精神障害を患っています。それでも伝承文学、日本人の魂を学べますか?」

 おじいさんはじっと僕を見つめている。叫ぶ。


「障害を持っていても文学の勉強はできますか? 伝承文学を学んで日本人の心を学んで、日本人の魂を小説に書きたいんです。無謀すぎますか?」


 おじいさんは目に輝きを宿す。

「精神障害だと、学問をしてはいけないのかね?」

 顔を伏せて黙る。

「学問の道はすべての人に平等に開かれていると私は思うよ」

「すべての人に平等に?」

「そうだよ。青年。すべての人に平等に……」


 おじいさんはにやりと笑うと向うに歩いて行った。おじいさんはふと振り向くと、にやりと笑い、

「青年。頑張れよ」

 おじいさんは手をポケットに突っ込むと、のそのそと歩き校舎の中に入って行った。



 日本人の魂か。日本人の魂?


くう~かっけええ。決めた! ここの文学部の伝承文学を学びたい。心が熱い。熱い。

 バッグからダイアリー帳を取り出す。そして、


 日本人の魂。日本人とは? 日本人の心?


 と書いた。図書館に行き、民俗学の本を探すと、たくさん出て来た。

その中で柳田国男の本を見つけその場所に行く。柳田国男は昔の民俗学の研究者である。そして本を取り出し数行読む。感極まって、つうっと涙がこぼれてきた。思わず本を抱き締める。涙がとまらない。本を開き泣きながら読んだ。


 漠然とした夢がだんだん輝きを放ち始める。

いつしかその輝きはまばゆいばかりになっていく。

いつしかその輝きは

まるでその鉱物の不純物がぽろぽろとこぼれおち、

純度がますますあがっていくかのように

 その輝きはまるでキラキラと星の燃える瞬きのように

 瞬き、瞬き、収縮し、収縮を繰り返す

 

 そしてこらえきれなくなったその輝きは

 その思いを爆発させる

爆発した思いは推進力へと昇華した


 そして試験日。朝はかつ丼だった。朝からこんなに重たいの食べられないよ。でも食った。エネルギーが必要だったから。食って食って食いまくる。そして母親に言ってやる。

「見てろよ!」

 祖母がお守りをくれる。お守りの紐をカバンに結ぶ。祖母がうなずく。

「行ってくる!」


 そして受験が終わった。


 燃え尽きてまた寝込む。何をする気にもなれない。手足を動かすのすらおっくうである。医者から睡眠薬をもらい、ひたすら眠った。持病の薬も毎日飲んでいるが、いつも思うのが、持病の薬は死ぬまで飲み続けなきゃならんだろうなってこと。薬を飲むのは再発防止のためである。もう地獄みたいな昔の状態に戻りたくはない。だから飲み続ける。もう薬を飲み続けて数年が経ったが、持病の薬を相棒とすら思うようになっているこの頃である。相棒に話しかける。

「相棒、俺の身体のチューニング頼むぜ」

 相棒を見つめる。


 そういやさ、夢に出て来た大樹の

「いらない人間をなぜ創造したんだよ」

 って言う言葉の回答の

「ほうか」

 って声。幻聴かもしれないけどさ。もし神様がいて「ほうか」って声を出したのなら、今はその「ほうか」の真意が分かる気がする。

 特に僕の場合、褒められると図に乗ってしまいもっと認めて、もっと可哀想がって、とか思ってしまう。逆にけなされても自己に酔ってしまう。だからあえて突き放すような

「ほうか」って言葉。

 やっとわかったよ。自分の道は最終的には自分で決めるんだ。親でも親戚でもない、自分が道を選択して切り開かなければならない。他人に決めてもらうわけにはいかないんだ。


 そういうことだね。神様。


 祖母のどたどた走って来る足音がする。

「蒼切! 大学から通知来たよ。開けて見なさい」


  合格通知であった。


 祖母はその場に泣きながら崩れ落ちて、顔を伏せて泣いた。

「受かった!」

「そうだよ! 受かったんだよ!」

 僕も涙があふれ出てきて声を出して泣いた。祖父と母親も

「どうしたんだ」

 と駆けつけて来た。合格通知を見せる。

 祖父は天を仰ぐ。母親は泣き崩れる。


  青年は大学で民俗学を学び日本人の魂というものを研究し

  そして卒業後、小説家の道を目指すことになる。


  社会のレールを外れ、会社に入り障がい者という現実に突きつけられ

  また実際に障がいを抱えた事で出来ないことがめちゃくちゃ多い


  しかし……


  障がいを抱えたことでかつて諦めた夢がまた輝きを放ち始めた。

  障がいを抱えたことで逆に生き方がシンプルになった


この体に流れる赤い血が

赤く赤く無神経なほど熱く熱を放射しながら

燃え盛る 赤く 黄色く 青く

どす黒くごったまぜなエネルギーを噴き出して

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