最終日 僕だっていろいろ抱えているんだ
「最終日だから仕事しっかりやってね!」
とうとう勤務最終日になってしまった。いつもの通り速水さんが僕の机にやってきて発破をかけてくる。
「分かりました」
「蒼ノ山氏は口だけはいいんだから!」
「はあ」
速水さんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「まあ、そうむくれないで」
「はい」
時計を見る。定期便の時間だった。
「定期便行ってきます」
速水さんは片手を何気なしに挙げる。
「おう、行ってこい」
箱に入っている本社に送る郵便物を受け取り、階段を降り一階にある総務室を目指す。総務室のドアを開ける。そして置いてある籠に郵便物を入れる。紙に必要事項を記入しているとガチャリと他の階の髪の白い服のよれよれの男性社員が入ってきた。目の下にクマが出来ていた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
急いで書くと、男性社員に鉛筆と紙を手渡す。こういうことも今日で最後か・・・・・・。なんかあっという間だったな。
最近の出来事で一番うれしかった出来事が、園上さんに真っ赤な顔をして感情をあらわにして周りの人たちなんか気にしないでどなられたことである。そりゃ自分のストレスを発散するので僕にあたり散らかすのなら反発しただろう。しかし、園上さんには愛があった。
「蒼ノ山君、君はうちの会社で校正を極めたかったんじゃないの? 君はまだ半人前なんだよ! ここで辞めてどうするの?」
「君は、君は今まで言っていたことは全部ウソだったのか! 君の言葉は響きが良すぎる。ここで一生懸命頑張りたいって言っていたのに! 君は嘘つきだ。大ペテン師だ!」
他の先輩社員にもお茶飲み場のところで、
「蒼ノ山君、辞めないでください。君が辞めると膨大な量の仕事がこっちに回ってくるんです。君の事務の大変さはよくわかったから」
その当時頭がフリーズしていた。発達障がいを持っていて違う二人から異なる意見を言われたらパニックになってしまうのだ。常務からは辞めてくれと言われ同僚からは居てくれと言われた。今だったら言える。上司と腹を割って話すべきだったと。やっぱり辞めてくれと言われてもそれはそれであきらめもついた。上司は僕に向かって信用できないとかも言ったが、そうは言ってもやりがいのある仕事ばかりくれた。ホウレンソウとは業務のことだけではなく障がいや思っていることもしっかりと伝えることなんだなと今は思う。ともあれ、園上さんが我を忘れ僕に会社に居てくれと言ったことや先輩社員方の温かい言葉は一生覚えているだろうと思う。心の支えになった。どうしたかったのだろうか。本当はもう少し頑張りたかった。旅の文などを書いてみたかった。校正をしてみたかった。しかし今となっては全て幻となってしまった。
しばらくして上司がやってきてみんなに挨拶をして、と言われた。みんなの前で挨拶をする。
「頑張りすぎて身体を壊さないでください。特に精神。壊したら治るのに十年単位でかかります。今までありがとうございました。身体を大切にしてください」
それから上司と会議室に行き二人で話す。
「これからどうするの?」
「しばらく寝て鋭気を養います」
上司はしばらく僕をじっと見ていたが、
「あのね・・・・・・」
そこでいつもの通りパニックになってしまった。
「ライターを目指します。大丈夫です。大丈夫です」
それからマシンガンのごとくしゃべり続けた。
上司の顔はだんだん青ざめていく。がたんと上司が立ち上がる。
「もういいよ」
その後、社員証などを返した。
3時になって速水さんから大量の封入作業を頼まれる。
「最後の仕事だぞ。頑張れよ」
「分かりました。任せてください」
しかし4時半になっても仕事が終わらなかった。
鬼のように真っ赤な顔をした速水さんがやってくる。
「蒼ノ山氏、どうするの? 終わらなかったら僕が全部一人で残業して仕事するんだよ」
「すみません」
「もういい。一緒にやろう」
それから二人で黙々と仕事をした。5時になり6時になり7時になる。最後の一枚を封入し終える。
速水さんが肩をとんとんと叩いている。そしてはははと笑いながら、
「最後まで君はやってくれるよ」
「すみません」
別の方から声が聞こえる。
「蒼ノ山さん、本当に最後まで騒がしかったねえ」
隣に星上さんが立っていた。速水さんが
「あとね、君ね、自分のこと障がい抱えているから駄目だ、駄目だっていっているけどね、僕だって50を超えるといろいろと身体にがたがたも来ていますよ」
「そうなんですか」
「生きていりゃいろいろとあるよ」
「そうねえ」
星上さんも同意する。
「星上さんも今までありがとうございました。小説を読んでくれて本当にうれしかったです」
そのことなんだけどね。と星上さん。
「これ。最後になっちゃったんだけど。プレゼント」
手にラッピングされた包み紙を持っている。
「ありがとうございます」
感情がざわつく。血管が、とんこつラーメンのように脂ぎった感じになる。下腹部が熱くたぎってしまう。こんなときやっぱり駄目だなあって思う。人のことは批判することはやめておこうっていつも思う。僕も人間で欠陥だらけだから。星上さんが言う。
「これからも小説描き続けてね。チェックしてるから」
星上さんはにこやかに笑う。
「ありがとうございました。これからもがんばります」
そして家に帰る。星上さんからのプレゼントを開ける。革で出来た世界地図のブックカバーだった。星上さんの名刺も入っていた。そこには、
これからも頑張ってください。応援しています。
とだけ書かれていた。星上さんの個人情報は一切書かれていなかった。まあそうだよなって思う。金も器量も健康もない。ないないづくしである。あるのは夢だけである。心がもやもやとした。
間違いなく蒼風文社は青春の一ページだったなって思った。失恋したことも一生懸命働いたことも速水さんや園上さんと語り合ったことも全てがかけがえのない青春の日々だった。
蒼風文社からの卒業ということで友達と静岡県の沼津に行き舟盛りや海鮮丼を食べまくった。その話はまた今度。
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