照合の仕事って全部に使えんじゃん

ある日、園上さんから仕事を頼まれた。

「出来上がった出版物を、出版を担当した会社に送るんだけど。その仕事やってみます?」

「いいんですか?」

「君には少し難しいかもしれないけど・・・・・・」

 君には少し難しいかもという言葉を聞いて反射的に頭がカァ~と熱くなった。

「出来ます。大丈夫です」

「そうですか。分かりました。じゃあ仕事内容説明するからメモして!」

「はい!」

 仕事内容はこうだった。毎月うちの部署では何冊も本を作っては出版している。本を作るに当たっては様々な会社にお世話になっている。成果物を倉庫から取り寄せてその会社にそれぞれ段ボールに詰めて送付して欲しいとのことだった。

「まずやるべきことは、送る会社のリストをまとめること。そしてそれをエクセルにて電子化すること。可能ならば関数を入れて自動化して間違いを少なくすること。そしてリストが出来上がったらそのリストをもとに成果物をその会社に送ること。ほらメモメモ!」

「えっとまず、最初にすることはリストをまとめることですね」

「そうそうまずは送る会社を紙に書いてまとめるといいよ」

「分かりました。じゃあ頑張ります!」

 園上さんはそこで顔を赤くさせて僕を注意した。

「頑張りますって言葉僕やっぱり嫌いだよ。仕事は根性論じゃないよ。問題は一つ一つ分解して論理的に考えて乗り越えていくものだよ」

「分かりました」

 園上さんはふぅーと息を吐くと、

「じゃよろしく」

 とパソコンとまたにらめっこを始めた。


 送る会社をリスト化する。株式会社ねずみ社、有限会社牛の丸堂、虎丸屋などなどである。ある程度リストが完成したら園上さんに見せる。

「調べた限りこれだけあったんですけど。他にはないですか?」

 園上さんが紙を受け取りじっくりと眺める。

「ちょっと調べるので待っていてください」

 しばらくして、

「ちょっと書き足しときました」

「ありがとうございます」

 リストが出来上がると、そのリストに基づいて成果物を倉庫から取り寄せる。チェック印を入れながら何回も確認し倉庫にFAXを入れる。そして、何日かたって荷物が届く。届いた品物をリストと照合しながらリストにチェックを入れる。そこではっとした。

(今まで校正や照合作業いっぱいやってきたけどこれ仕事全部に使えるな)

 今までやってきたことが繋がってきていると思えた出来事だった。 


 一瞬気が遠くなる。

 暗いお空に青い火が灯っている。ぼーん、ぼーん、とお寺の鐘をつく音が聞こえる。けー、けー、けー、と山鳥が叫び渡る声が聞こえる。さわさわと暗い野山に木々の葉っぱのこすれ合う音が響きわたる。遠くの空に、ぼおっ、と光る何かの物体がいた。だんだんと近づいてくる。狸である。狸は赤く輝く目を見開きこちらを見つめていた。身体には麻の着物を身にまとっている。腰には黄色い帯を巻き付けている。そして黄色い帯に縄をぶら下げそこにひょうたんを結びつけていた。


遠くのお山に狸が一匹おりました。

遠くのお山に狸が一匹おりました。

狸は赤く輝く目をしていました。

狸はひょうたんを腰にぶら下げいつも酒を飲んでいました

狸は酒を飲みながらいつもお空を飛び回っておりました。

やれん そーらん そーらん そーらん。

やれん そーらん そーらん そーらん。


狸はしばらく周囲を飛び回っていたがやがてこちらを見ると一直線に飛びかかってきた。思わず叫ぶ。

「ぎゃー!」

「・・・ノ山さん、・・・ノ山さん」


 どこかで声がする。

「蒼ノ山さん! 何ぼおっとしているんですか?」

 目の前がぼやけ、そして周囲がはっきりとしてくる。白い壁に明るい蛍光灯。目の前にはパソコンが光っている。ここは職場だった。そして今は就業中だった。

「蒼ノ山さん! 何ぼおっとしているんですか?」

「すみません」

「きちんと仕事してください」

「分かりました」

 なんか身体がだるい。トイレに行って顔を洗った。


 いろいろとあったが届いた荷物を今度は制作会社ごとに本を小分けにする。何回も間違いがないか調べる。そして封を閉じて印刷された宅急便の送り状を貼り付ける。そして5時まで待ち担当の人に荷物を渡した。ここまで約二週間である。結構時間がかかったのである。


 園上さんに報告する。

「終わりました」

「お疲れ様です。出来ました?」

「なんとか園上さんの援護があって出来ました」

「もう障がい抱えているから出来ませんとかいっちゃ駄目だよ」

「分かりました」

「これからも頑張ってください」

「お先失礼します」

「お疲れ様です」


 本当にそうだ。障がい抱えていても成長することは出来るんだと思った。今までの人生は無駄じゃ無かった。今までの経験があって照合の仕事などたくさんやってきた。僕は成長しているんだと思った出来事である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る