電話応対の段
「蒼ノ山君、電話応対やってみる?」
もじもじしていると、
「電話応対やらないといつまでも見習いだよ」
見習いって言葉を聞いて少し悔しくなった。未だに子ども扱いかよと思った。反射的に
「電話応対やります」
「じゃあお願いね」
自分の机に戻る。机の上に置いてある電話機をしみじみと見る。
「どうしたんですか?」
園上さんが話しかけてくる。
「電話応対することになりました」
「すごいじゃないですか」
「まあ、やってみます」
そうしているうちに電話機がプルルプルルと鳴る。手を受話器に置く。手が震えてそこから先が進まない。
「ほら早く電話取らないと」
そのうちに電話が切れてしまった。
「何やっているんですか?」
騒ぎを聞きつけて速水さんもやってくる。
「いったいどうしたんですか?」
説明する。
「電話挑戦することになりまして」
「ほほう。蒼ノ山氏、電話挑戦か。頑張って」
速水さんが机の上に置いてあるメモ用紙を手に取る。
「電話はメモが肝心。人の記憶なんてすぐに忘れちゃうから。名前を聞いたらメモ、用件を聞いたらメモ、取り次ぐ人が分かったらメモメモ! 何でもメモだよ!」
また電話が鳴る。
「ほら、電話取って!」
「はい!」
受話器を取る。
「お疲れ様です。本社のベップです。むにゃむにゃさん、いますか?」
「えっ、何ですって?」
「だから丸むにゃさん、いる?」
もう無理だった。隣で耳を澄ましている園上さんに助けを求める。
「園上さん、助けて!」
園上さんに受話器を渡す。園上さんが目をまん丸くして一瞬動揺するがそこは熟練の社員である。
「お電話変わりました。園上です。ああベップさん、お疲れ様です。丸山さんですね。少々お待ちください」
そこで園上さんは留守番電話にして電話を切り換える。
「ああ、丸山さん、本社のベップさんからお電話です。じゃお願いします」
園上さんは電話を切り終えると、
「簡単じゃないですか? 何で出来ないんですか?」
そこへ速水さんから援護が入る。
「まあ、蒼ノ山氏も初めてなんだし。これから、これから」
園上さんは
「はあ」
と声を出す。
「な、出来るよな。蒼ノ山氏!」
「頑張ってみます」
そこへ上司がつかつかとやってきた。
「蒼ノ山さん、とりあえず内線からお願いします」
「分かりました」
17時になり業務が終わる。僕はその足で近所の本屋に行き電話応対の本を探す。どこを探していいか分からない。近くで一生懸命棚整理をしている店員さんに声を掛ける。
「すみません」
「はい」
店員さんの顔は少しひきつっていた。
「会社での電話応対の仕方について探していましてどこを探せば見つかるでしょうか?」
ああ、それならと店員さん。ついていった先にはビジネスマナーの本がたくさん並んでいた。
「たとえばこの本とかにも載っていますね。まあこの辺りです」
「ありがとうございました」
それから本を吟味して一冊のビジネスマナーの本を買って帰った。
会社にて勤務中で暇なときを見つけてビジネスマナーの本を読む。そこにはもう電話の定型文が決まっているとのことだった。だんだんと希望の光が見えてきた。
「何読んでいるんですか?」
園上さんが話しかけてくる。
「ビジネスマナーの本です。例の電話応対です」
「ああ、なんか書いてありました?」
「電話応対って定型文があるんですって?」
園上さんはしばらく考えていたが、
「まあある程度はね」
「とりあえずこれ読んでやってみます」
それからだんだんと電話応対出来るようになった。
ある日のことである。電話がプルルプルルと鳴る。3コール以内に受話器を取る。
「はい。制作本部の蒼ノ山です」
「いつもお世話になっております。▲商事のイチイと申します。蒼風文社様でよろしかったでしょうか?」
間違って外線を取ってしまった。
「はい、蒼風文社です」
「営業ご担当者様のマチヤ様いらっしゃいますか?」
立ち上がって部署を見渡す。いない。どうすりゃいいの? 思わず園上さんを見る。園上さんは心配そうにこちらを眺めている。
「ただいま席を外しておりましていかがいたしましょうか?」
「それではまたかけ直します。電話のあったことだけお伝え願えますでしょうか?」
「はい」
そっと電話を切る。
「園上さん、助けてください」
「どうしたんですか?」
「▲商事のイチイ様からマチヤさんに電話があって、マチヤさんはいなくて。どうしよう」 パニックになっていた。
「落ちついてください。そういう場合は上司に報告です。行ってきて!」
「分かりました」
上司の元に行く。
「すみません」
「はい」
「▲商事のイチイさんからマチヤさんに電話がありまして、それで今マチヤさんはいなくて」
上司はメモを取っている。
「分かった。▲商事のイチイさんから電話ね。あとはこっちで対応するから」
それから電話を取るのが怖くなってしまった。何回もプルルとなるが結局取れない。
その日も時は過ぎ5時になる。
「お先に失礼します」
「蒼ノ山君、ちょっと待って!」
「どうしました?」
「失敗するのは当たり前だよ。ここは会社だよ。上司は部下が失敗したらそれをフォローするためにいるんだよ。だから思い切り失敗しなさい。失敗して失敗してたくさん成長しなさい」
「分かりました」
「ようは今日の失敗にめげず明日も電話に挑戦しなさいってこと」
ありがたくなって深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございます。頑張ります」
次の日からまた元気に電話をとり続けた。そして電話応対がだんだんと出来るようになってきた。
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