5章 言いたいことがあるならしっかり
君も契約満期終了だ。
ある日、仕事をしていると上司に呼び出された。
「蒼ノ山くん、ちょっといいかな」
「はい」
「ちょっとここじゃなんだから会議室に行こう」
「分かりました」
上司の後ろに着いていく。ドアを開くとそこにはいつもは上の階にいる常務が座っていた。この常務は採用面接のときに面接官だった人である。ぼんやりと立っていると上司に、「ほら、座って」
と促された。常務はと軽く咳払いをするとぽつぽつと話し始めた。
「君も知っての通り・・・・・・うちの会社も経営が大変でね。それは知っているだろう?」
「はい」
「それで、今回正社員を3分の1切ったんだよ。本当に辛かったよ。家のローンを抱えている人もいたし家族を抱えていた人もいた。それでも会社の存続のためには切らざるを得なかった」
内心会社首になる流れだぞって思った。正社員でさえ切るのにアルバイト社員を切らないわけにはいかないから。たとえ障がい者枠で入ったとしても同じである。
「どうすれば経営をよく出来るかわかるか? どうすれば会社を存続できるか君の意見を聞きたい」
いろいろと思うところがあるが黙っている。いろいろと考えが浮かぶ。松下幸之助先生のようになって考える。地元に根ざした地元密着型の地図を作るとか。民俗学を大学で勉強していたが思うのは同じ県であってもその地域によって特色が違う。もっと言うと家族単位で違う。例えばお袋の味である味噌汁ひとつとっても家庭ごとにそれぞれ味が違う。画一的な地図を作っていたのではどこの会社でも作れてしまう。独自の地図を作った方がいいと思う。だからもっと現場に行ってそこの空気に触れその上で地図を作ったほうがいいのではないかって思うのだった。売れるかどうかは分からない。でもおもしろい地図が作れると思う。でいろいろと考えた末に頭がオーバーヒートしてしまう。黙る。常務がしゃべり始める。
「だから今回人員整理することにした。君も契約満期終了だ。正社員を切ってアルバイト社員を切らないわけにはいかないんだ」
覚悟していたことである。うなずきながら、
「今までありがとうございました」
常務はうんとうなずく。
「ただまあ、すぐに契約満期終了というわけにはいかない。契約終了は6ヶ月後だ」
「分かりました」
「君は遅刻、欠勤が多かった。このまま放り出したら多分生きてはいけないだろう。だから6ヶ月間腹をくくって一生懸命仕事をして仕事を覚えなさい。遅刻、欠勤をしないようにしなさい。僕たちも心を鬼にして君を一人前に育て上げる! その上で、ここでアルバイトをしてよかったと思えるようにしなさい。これは僕たちが君に出来る最後のプレゼントだ。分かったね」
僕は深々と頭を下げてお辞儀をする。
「お願いします」
そうして最後の雇用契約書を交わした。
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