暗雲漂う
ある日、突然に社内のメールに早期退職のお知らせという案内が来た。社員の人たちが一斉に集められる。僕はアルバイトだからそういう会合には呼ばれない。5時くらいになって社員の人たちが帰ってくる。社員の一人が僕を見つけると、
「早く帰れよ」
思わず暴言を吐いた社員の顔を見る。顔がこわばっていた。
次の日会社に行くと、机の脇の壁にホワイトボードが掛けられていた。そこには、僕のやること一覧が書かれていた。例えば本社に送る荷物を作り運送する人に渡す仕事とか照合の仕事とかである。OJTの園上さんに聞く。園上さんは険しい顔をしてパソコンとにらめっこしている。
「これ何ですか?」
「ちょっと待って。今立て込んでいるから」
「分かりました」
その間に仕事が来る。男性社員の北谷さんが、
「またハリハリお願いします」
ハリハリというのは、地図の接合のことである。A3で分割して出した地図の周りをカットしてセロハンテープで裏側を貼り付けて大きな一枚の紙にするのである。会社でその紙を基に地図の照合や校正が行われるのである。
「分かりました」
「ハリハリ嫌になるほど大量にあるから」
「うれしいです」
北谷さんはわっはっはと笑う。
「じゃあ頑張ってね」
OJTの園上さんに「行ってきます」という。
園上さんは、
「ちょっと待って。さっき何言おうとしていたの?」
「ああ、そうですね。このホワイトボード何使うのか気になって」
「そっか。これは蒼ノ山君の仕事のTODO スケジュール表だよ。これを見ながら仕事をしていればどの仕事が終わってどの仕事が終わっていないかすぐ分かると思ってね」
「分かりました」
「早速仕事が入ったみたいだからここに書き込んで」
「はい」
マジックペンでホワイトボードに書き込む。
「ちゃんと定例業務も忘れずにね」
それからこの日は定例業務をやりつつハリハリの仕事をした。本当にたくさんあった。北谷さんが声を掛けてくれる。
「手を切らないようにね」
「分かりました」
しばらく北谷さんは僕がハリハリする様子を見ていたが、
「ちょっとカッター貸して」
北谷さんは紙を縦にすると定規を当てすいーっと紙を切っていく。あっという間に6枚の紙の端を切っていくと今度は紙をセロハンテープで貼り始めた。セロハンテープを貼るときには横にして貼っている。
「いいか、紙を押さえセロハンテープを低くして端っこから貼っていくんだ」
僕はポケットに入っているメモ用紙とペンを取り出すと走り書きでメモ用紙に今習ったことをいろいろと書いていく。
北谷さんからカッターを受け取る。
「じゃあ、やってみ」
カッターの刃をたくさん出し、紙を縦に切るようにする。そして定規を当てると刃を当てすいーと切っていく。切り終わると、
「そうそうその調子」
北村さんが褒めてくれる。
「じゃあその調子で後もよろしく」
そんな平和な毎日がずっと続くのかと思っていた・・・・・・。
ある日の午後、園上さんに
「今週の金曜日の夜、予定ある?」
「ないです。何でそんなこと聞くんですか?」
「たこ焼きパーティーするから。たらふくたこ焼きを食べられるよ」
「やったあ」
「じゃあ一生懸命に仕事をしなさい。遅刻欠勤も駄目だよ」
「分かりました」
そして金曜日の午後の夜。3時くらいになりそれぞれに担当する係の社員がジュースとかたこ焼きの具とか近くのスーパーに買いに行く。周りがざわざわとしている。笑い声も聞こえる。まるでお祭りである。
「きちんと仕事しなさい。5時になったら遊べるんだから」
「はい」
浮ついていたら園上さんに叱られる。そして5時になる。周りが中心の机に集まる。それから15分くらいして上司がやってきた。
「えー。これからたこ焼きパーティーを始めます。知っての通り早期退職の勧告がありいろいろと激風の中、うちの部署からも北谷さんと内山さんが退職することとなりました。えーと挨拶お願いします」
北谷さんがえーと……、と言いつつ前に出る。
「えー。ここに入社しましたのはかれこれ40年前のことでありまして、本当にいろいろありまして。会社で廊下に寝袋を敷いて寝てみたり語り合ったり酒を飲み交わしたり・・・・・・」 北谷さんはここで顔を上に向けハンカチで目を押さえる。
「いろいろとありましたがここは青春でした」
そこへ男性社員が、
「いよっー!」
とかけ声を掛ける。そこへ拍手が注ぐ。パニックになる。
(えっ! えっ! どういうこと?)その後内山さんも挨拶する。
「約40年この会社に居させていただきまして、私にとっても青春でした。なあ園上いろいろあったよな」
内山さんが園上さんに話しかける。園上さんが、
「この間、一緒に作ったあの雑誌宝物です」
内山さんが
「そうだよなあ」
と言って顔をくしゃくしゃにして男泣きする。眼鏡を取り手で涙を拭く。そこからたこ焼きパーティーが始まったのだった。北谷さんも内村さんも現場の地図制作部には欠かせない存在だった。なにせ北村さんは測量士の資格、内村さんも測量士補の資格を持っていて地図に関して言えばエキスパートの社員だったからである。こりゃアルバイトの僕もただじゃ済まないぞと腹をくくるしか無かった。
3月になり3人いたアルバイトの2人が辞めた。残りは僕だけ。隣の部署は何人か残して解体された。うちの部署も統合されることになった。上司も降格されることになったらしい。最後に上司と面談する。上司から最後の言葉をもらう。
「最後に君に言葉を送る」
「はい」
「君は失敗を恐れているけど失敗してもいいから。失敗したら直せばいいだけだから」
「はい」
「あとこれが大事。どこの会社でもそうだと思うけど遅刻はしちゃいけないから。時間通りに来てくれる人がいいんだよ。ここの会社もしも辞めることになったとしてもそれだけは覚えておいて。遅刻、欠勤は絶対駄目だから」
「分かりました」
「ほらきちんとメモをして!」
「はい」
最後の言葉を言う。
「今までこんな遅刻ばかりの僕に仕事をたくさんくれてありがとうございました。期待に応えられなく申し訳ありません」
「分かりました」
そして4月から残った僕たちは隣の部署に移った。
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