みんなから好かれることは

「君はみんなから好かれたいのかい?」

 ある日、いつも通っている精神科の先生にこう言われた。

「君はいつも心地よい言葉ばかり言うよね」

「はあ」

「もっと自由に生きていいんだよ」

「はあ」

 先生がなんで「もっと自由に生きていいんだよ」っていうのかが分からない。自由に生きているし。また、なんで「君はみんなから好かれたいのかい?」っていうのかも分からなかった。親の敷いたレールを外れたんだし。理系の大学に行けって言われたけれどもド文系の大学に行った。給料が低くて恋愛や結婚が出来なくなっていいのかって? 統合失調症はどっちにしても偏見が強い病気で遺伝病と言われているし恋愛なんて出来っこない。もし出来たとしても喧嘩やお金など問題が山積みである。親が昔僕を育てていたときに子育てのことでよく夫婦喧嘩をしていた。その様子を見ていて子育てが出来ないなって思った。子どもを一人前に育て上げる自信がない。一人で生きていくので精一杯である。 それに、小説を描いたり絵を描いたりする夢を追う時間が無くなってしまうからやっぱり恋愛もできない。デートとかそんな暇があるのなら小説やイラストを読んだり書いたり見たりしていたいし。

 しばらく先生に言われたこと、「みんなに好かれたいのかい」っていう言葉を考えながら会社に通勤していた。

 最近聞こえるように嫌みを言ってくる社員がいる。4人で一つの部署にいる。で僕も同じく席に座っているのに存在を無視したかのように、

「ここには3人しかいないですから」

 舌打ちでもしたくなるほどである。例の野竹先輩である。そんなにただの精神障がい者の自分が憎いのかよって思う。それでも何も言い返さなかった。いい奴だから、いや違う。誰かと衝突することが面倒くさくて嫌だったのと、自分が怒り出すことでこいつ面倒くさいなとか思われたりとか嫌われたりとかしたくなかったのである。

 ずっとむかむかしながら仕事をしていた。先生の言葉がハンマーで金属を叩いたかのように、かーん、かーん、と響きわたる。

「君はそこまでしていい人になりたいのかい?」

「君は人間だ。自由に思うように生きていいんだよ」


 そんなとき、地図の接合の仕事をある先輩から頼まれた。

「地図の接合お願い!」

「分かりました」

 その時に、その先輩が片手を振り上げながら

「失敗したら殴るからな!」

 その時、愛想笑いをしながら、

「はい。分かりました」


 しかし、だんだんと腹が立ってくる。何も悪いことしていないのになんで「失敗したら殴るからな」って言われなきゃならないんだよ。その日はそのまま仕事をして帰った。

 帰ってから友達に電話して今日の出来事に対して愚痴をこぼした。すると、友達は

「お前さあ、障がい者は道の端っこを歩かなきゃいけないと思っていないか?」

「少し思ってる」

「障がい者でも道の真ん中を歩いていいんだよ。堂々と歩かなきゃ!」

「道の真ん中を歩いてもいいの?」

 すると友達は声を荒げた。

「いいに決まっているじゃない。蒼、お前何も悪いことしていないんだよ。何でそう縮こまっちゃうんだよ。今日はもう電話切るけどよく考えてみなよ」

 友達に電話を切られた。


 ベッドに横になる。そして毛布をかぶる。

「ようは誇りを持てということかな」

「誇りって何だろう」

「好かれる、嫌われるって何だろう」


 いつしか寝てしまい夢を見ていた。

 一匹の学生狸が周りの学生から馬鹿にされている。

「アホ、馬鹿、間抜け、ボケ」

 狸は必死に涙をこらえ踏ん張って立っていた。

 そこで目を覚ました。目から涙が出ていた。

 その日会社に着くと昨日暴言を吐いた先輩が来るのを待った。そして就業時間が始まる。歩いて先輩の元まで行く。

「先輩!」

 先輩はパソコンを見ながら、

「何?」

「昨日、失敗したら殴るって言いましたよね! 何か琴線に触れるようなこと言いました?」

 先輩身体をこっちに向ける。もう一回同じ言葉を言う。先輩はしばらく黙っていたが、

「ごめん」

「僕も発達障害持っているんで気がつかないうちに何か失言言っていると思うんでお互い様です。謝ってくれて本当にありがとうございます」

「ごめん・・・・・・」

 その先輩はそれからいろいろと仕事をくれるようになった。また会社の作業着が欲しいと言っていたら裏に歴代の先輩方の名前を書いた伝統ある作業着をくれた。やっぱりきちんというべきことはいうことがいいんだなって分かった。その話はまた今度。


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