君、校正お願い!

ある日の出来事である。OJTの園上さんが僕の机に、ばさっ、と大量の紙を置いた。

「これなんですか?」

「日本全国分の地図」

「これ全部ですか」

「蒼ノ山君にお願いしたいのは、この日本全国分の市町村の地図の照合。市町村に〇とか◎とか書いているよね。それは人口の多さに応じて表記を変えているんだよ。例えばこの街の人口はこうこうこうだから◎。この人口と表記があっているかを確認して欲しい」

「今日一日でやるんですか?」

「一日で終わるはずないじゃないですか。だからきちんと工程表を作って北海道はいついつまでに終わらせる。東北はとかだいたい目安をつけてほしいと思っています」

「はい」

「あとこのUSBに日本全国の市町村の人口データがあります。じゃお願いね。まずはすることは工程表をつくること」

 OJTの園上さんはそういうとまた自分の仕事に戻っていった。園上さんはもう一回こっちの方にやってくる。

「ああ、それと電子データは自由に加工していいから。その代わりに原本はしっかりと残して置いてね。やりかたわかる?」

「はい」

「じゃあ、お願いね」

 今度はこっちを向くことなく自分の机に戻りパソコンとにらめっこを始めた。


 それからは5時までいつものルーティンワークの他にOJTの園上さんからもらった仕事を行った。まずは工程表を作る。

(ってあれ! 今まで工程表を作ったことなかったぞ!)

(まあいいや。北海道はだいたいこれぐらいで終わって。東北もだいたいこれくらい。関東はこれぐらい。近畿は・・・・・・)

 そして一時間ほどで工程表を作り終え、園上さんに提出した。園上さんは「うん」といって受け取ってくれた。

 データの加工をやっていると、園上さんに

「少しいいですか」

 と言われた。

「どうしました?」

「この工程表なんですけれど? この工程表の根拠はなんですか?」

「根拠って何です?」

「ようするに、一枚の紙を実働時間で割ってとかですよ」

「そうなんですか」

「一時間あたりどのくらいのスピードで仕事をして実働時間でかけて、といろいろ計算してどのくらいで終わるかきちんと示して!」

「もう一回やり直し!」

 実際に照合の仕事に入ってからもいろいろと叱られた。

「赤字が入っていないけどどういうこと?」

「鉛筆書きできちんと描いていますが?」

「きちんと赤字を入れてください」

「赤字を入れて間違ったらどうするんですか?」

「僕がきちんと責任をもって赤字を見直します」

 僕がうつむいていると、

「あなたに責任はないんです。あなたに仕事を頼んだ僕に責任があるんです。だからきちんと赤字をいれてください!」

 そこで感情がいっぱいになってしまい思わず叫んでしまった。

「僕は障がい者です。障がい者に仕事を頼むことは怖くないんですか?」

 園上さんの顔がひきつっている。一瞬くちびるをぎゅっと結んだかと思うとまた開いていった。

「障がい者だろうと健常者だろうと関係ないです。仕事をしっかりとやってもらえればそれでいいです。いいですね!」

「はい」

「それにね、忙しく働いている人は障がい者だから嫌だなあとか考えている暇ないんですよ。なんで精神障害患っているからって校正できないって決めつけるんですか。それこそ偏見ですよ。自分で自分に偏見つくっているじゃないですか」

「みんな生きるのに必死で偏見とかそんな小さなこと考えている人うちの会社にはいません。家に帰ったら父親母親の介護などあるしね」

「それに子どもを持ったら持った、でいじめや、また娘がろくでもない男とつきあったりしてそれどころじゃないんですよ。娘が一日中帰ってこなくてまんじりとせず台所にある椅子に座って神様に祈りながら待っていた気持ち分かります? それで徹夜明けで会社に出社したら疲れと眠さと心配で仕事どころじゃないですよ」

 何も答えられない。

「みんなそんなもんです。君は障がいを抱えて辛いかもしれませんけど、私だっていろいろとつらいことがあるんです」


 うちの親も発達障害の自分が生まれて、中学校でいじめられて近所から白い目で見られていたっていっていた。地域の清掃活動で清掃に行ったらみんなから無視されていたって言っていた。自分ももう一回学校生活、特に中学校時代に戻れ、って言われたらもう学校に通わないで通信学校に通うと思う。そして大検とって大学に行くと思う。もう二度と学生生活はごめんだ。いじめとかいろいろあるし、なにより担任の先生と相性が悪かったら人生が狂いかねないし。現に自分は担任の先生に嫌われてさんざんいじめられて精神障害患ったんだし。


「聞いてる?」

 園上さんがこっちをにらんでいる。

「はい」

 園上さんが話を続ける。

「それに上司が仕事しろ、って言ったら細かいこと、障害抱えたからこんな仕事無理だとかではなくてとりあえずやってみなさい。障がいだからできないとかそんな悲しいこと言わないで」

 上司の顔がこわばっていた。

「わかりました」

「それじゃあまた北海道やり直し! 仕事に戻って!」

 それからも園上さんとたくさん話し合い仕事の仕方を覚えていった。照合には定規を使うことなどである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る