人間は不完全なんだよ
「何回聞いてんの! 蒼ノ山!」
「もう説明したよね!」
「メモちゃんと取ってんの?」
部署中に怒りの声が響きわたる。怒られているのは僕だ。怒っているのは速水さんである。速水さんは血走った目を大きく見開き顔を真っ赤にしている。黙って聞く。
「もういい。お前になんか頼んだ俺が馬鹿だった!」
今日は速水さんに地図照合の仕事を頼まれたのだったがミスが多発してしまったのだった。
「すみません」
「まったくたるんでいるよ」
「はい」
「こっちの仕事はいいから、いつものルーティンの仕事に戻って!」
「はい」
いつものルーティンの仕事に戻る。いつものルーティンの仕事は雑務ばっかりである。それでもやらなければいけない雑務が10個ぐらいある。忙しい。終わる頃にはへとへとである。それにさらに社員の人から校正の仕事やら照合、地図接合の仕事が来る。給料は低いがとてもやりがいがあった。
仕事をやっていると涙があふれ出てきた。やっぱりさっき怒鳴られたことがショックだったらしい。まあこういうこともあるさ! とかぐらいにしか思っていなかったが心の中ではやっぱりストレスが溜まっていたんだと思う。
気がつくともう11時半だった。
(そうだ、本社に郵便送んなくちゃ!)
段ボールの中を見ると5個くらい封筒が入っていた。いつもこういうのを見るたびにありがたくなる。仕事だから機械的にやれといわれればそれまでだが。僕みたいな精神障がい者に仕事を託してくれるここの部署の人たちにいつも感謝していた。ここの部署の人たちは優しく、心の痛みを分かってくれる人が多い。だから僕も一生懸命に仕事をする。
ふと速水さんを見る。速水さんも僕を見ていた。目が合う。慌てて目をそらす。
「本社便いってきまーす!」
封筒を持って総務室に行く。総務室で送る書類を指定の紙に書き出す。この指定の紙は複写できる紙で複写した紙を書類と一緒に送り向こうで書類を確認するのである。
その仕事が終わる頃に昼飯の時間となる。昼飯を食べて、休憩室で寝る。これがいつもの日課である。
いつもの通り休憩室で寝ていると、グーカー、グーカー、いびきが聞こえた。
(誰だ、うるさいなあ)
目を開けようとしたがまぶたが重くて開かない。その間にもいびきが聞こえてくる。思いきってがばっと起きる。周りを見渡す。誰も居なかった。いびきの主は僕だった。まだ12時40分。あと20分寝られる。またソファに横になって目を閉じた。目を閉じて数分しか経っていなかったのに急に声を掛けられた。
「蒼ノ山くん、もう中礼はじまるよ! 起きな」
目を開けると横井さんが僕の肩に手をあてている。
「もうこんな時間ですか?」
「そうだよ。もう始まるよ」
左腕につけている腕時計を見る。もう1時に近かった。
「ありがとうございます」
横井さんは
「さあ、はやく急ごう」
中礼とは朝礼の昼版である。社員同士の情報共有の場である。
中礼が終わり、仕事をしていると速水さんがやってくる。
「仕事をお願いします」
速水さんの声が固かった。速水さんの顔を見られない。
「分かりました」
「じゃあ説明するからメモ帳出してください」
速水さんから仕事の説明を受ける。そして仕事をする。この日は地図の照合の作業だった。速水さんが怖くて顔を合わせることができなかった。うつむいたまま仕事の説明を受ける。仕事をする。二つの定規を組み合わせて索引を順番に見ていく。そしてその番号に合わせ地図とその場所にその索引にある建物があるか確認する。今日は仕事の量が多かった。途中トイレに顔を洗いに行く。そしてベランダに空気を吸いにいく。
「さあ、仕事やるか!」
自分の机に戻るとまた照合の作業をする。5時前に仕事が終わる。仕事を速水さんに持っていく。
「出来ました!」
速水さんが笑顔で
「おつかれさん!」
仕事を渡し終わって自分の机に戻ろうとすると、速水さんに
「さっきはごめんな。急に怒っちゃって」
「いえ。大丈夫です」
速水さんが頭をかく。
「俺も人間だから。イライラするから。また君イライラしているところに話しかけてくるんだもの。まあとにかくごめんな」
速水さんがじっと僕の目を見てくる。
「僕も発達障害と統合失調症を持っていて、特に発達障害の空気を読まない発言とかいつも笑って許してくれているんでお互い様です」
「そうかお互い様か」
「はい」
「まあ僕にもいろいろあるのよ。家のローンの問題とか、家のローンの問題とか。家のローンの問題とか」
速水さんがわっはっはと笑う。つられて僕も笑う。心がほんのり温かくなる。
「まあ、人間なんだから、不完全だよな。完全だったら神様になってるよ」
「そうですね」
速水さんは僕の肩に手を置くと、
「じゃあ5時だから気をつけて帰るんだよ。ちゃんと机の上を整理整頓してな」
「はい! お先に失礼します」
「お疲れさま~」
やっぱり速水さんの心は暖かかった。そしてここの職場の人たちも温かい人ばかりであった。
身体をへとへとだったが、心は温かかった。
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