普通が出来ていたら障がい者やっていません
体調が悪くなりいつも行っているメンタルクリニックに電話して診察の予約を取る。心臓がばくばくと鼓動している。視界に少しでも人が入ってくると怖くなってしまう。過呼吸になってしまうし、すごく緊張してしまい、挙動不審になる。
僕の挙動不審は結構重く、たとえば夜電車に乗っていて窓の外眺めているときにガラス越しに人が映し出されたときでも緊張してしまう。いったん気になってしまうともう駄目だ。狼に狙われたタヌキみたいに一挙手一投足気になってしまいすくんでしまう。そして気になった相手が少しでも動くと一緒にビクッと身体が動いてしまう。昔はここで相手が駅を降りたり席を移動したりしてしまうと、僕が何か変なことをしたのではないか? 変な人と思われたのではないか? 嫌われたのではないか? とか考えが浮かんできてそれが変な具合に考えが広がってしまっていた。一回変な考えが浮かぶと雪だるま式に妄想ちっくになっていく。
「僕の周りは全く人がいない。避けられているのでは?」
「僕が何か変なことをしたから、ウワサになってしまっているんだ」
「不審者と思われて、地域の不審者情報に載っているのではないか?」
そんなことばかり考えてしまうから本当に生きた心地がしない。最近では紙に悩みを書き出してみたりしている。僕の考えているまるで地獄でのたうちまわっているような苦しい妄想は根拠がないことが多い。だから自問自答する。
「避けられているかも知れないが気にするな」
「不審者じゃない。女性に対して変なことしていないし!」
「警察の人はいろんな人を見ているから百戦錬磨だと思う。だから僕が病んでいるだけだと分かってくれる。むしろ僕は大きな道路をうつむいて急ぎ足で端っこを歩くような人生を送っている。人目を避けて生きている。苦しいと思うくらいに」
「苦しい! 苦しい! 苦しい! 苦しい!」
「お前はよく考えろ。さっきから考えていることに根拠はあるのか。別に人間なんだから嫌われたりするのも当然だが、お前が狂っているとはっきり言われたのか? 近づくと気持ち悪いから近づくなと言われたのか? 不審者だと言われたのか?」
「言われていないだろう。じゃあ根拠はないな。お前は根拠のないことにそこまで考えを及ぼすことができるのだな。逆にすごいよ」
「それにな、お前の事が大っ嫌いな人もいれば、理解者もいてくれる。すべての人に好かれることは幻想だ。それこそ幻」
「全ては幻。幻想。根拠がない。すべて頭の中の幻想か・・・・・・」
妄想は幻だということは分かった。ただ一つのことが頭に浮かぶ。女性社員に後ろをついてこないでくださいと言われたことだ。
17時まで仕事をしてからそのままメンタルクリニックに向かう。電車の中ではとにかく人が怖いのでずっと目を閉じていた。そしてクリニックに着く。結構混んでいる。一時間ほど待ってようやく受付の人に
「蒼ノ山さん、どうぞ」
と言われた。
ドアを開けると、染木先生が椅子に座っていた。
「どうしたの?」
先生の一言を聞いてまるで雨が降って川が洪水になったかのように勢いよく話し出してしまう。そして話し続けて泣き出してしまった。先生は、
「気持ちが楽になる薬を出しましょうか?」
「お願いします」
そのまま泣きながらお辞儀をして部屋を出ようとする。先生が一言。
「君の事を嫌う人もいるだろうし、理解者もいるだろう。少なくとも僕は理解者だよ」
気持ちが一杯になってそのまま部屋を出る。
その日は帰って飯を食べてシャワーを浴びてすぐに毛布にもぐりそのまま寝た。
次の日会社に行く。そして仕事をして12時になり昼休憩になる。
例の「後ろをついてこないでください」って言った女性の元に行く。その女性はパソコンでネットを見ていた。すごく緊張する。視界に入るように立つ。その女性がこっちを見る。
「何かようですか?」
僕は一気に話し始める。
「僕が普通だったら障がい者枠で働いていないし、そもそも障がい者やっていません」
女性は目をぎょろりとこちらに向けて、
「話が見えないんですけど。一体何の話をしているんですか?」
「この間、後ろをついてこないで、って言いましたよね」
女性はああと言った。
「僕はずっといじめられてきて女性にも気持ち悪いとか豚だと言われ続けてきてトラウマになってしまったんです。で、女性の後ろを歩くとすごく緊張してしまって挙動不審になるんです!」
その女性は目を見開いていた。僕の目から涙があふれ出てくる。たまらなくなってそのままトイレへと駆け込んだ。トイレで昼を過ごす。
昼時間が終わり、また就業時間がやって来る。いつもの通り仕事をする。と、
「ちょっといい?」
さっきの女性が話しかけてきた。
「はい」
「この間はあなたのことを理解もせずについてこないで、って言ってすみません」
まっすぐ目を見つめられた。
「分かりました」
「改めて自己紹介します。私の名前は星上と言います」
「蒼ノ山と言います」
「私たち、同じ部署なのにお互い名前も知らなかったなんて」
改めて星上さんを見る。ポニーテールの栗色の髪をした小柄な女性だった。一言でいうと、美人だった。僕は急に恥ずかしくなってうつむく。星上さんは紙とボールペンを取り出した。
「蒼ノ山さん、君どんな仕事がしたい。出来るだけその仕事が切り出せるように私頑張ってみる」
「何でもいいんですか」
星上さんはきらきらした目で僕のことを見てくる。
「僕は何か物を書く仕事がしたいです」
「うんうん」
「それは何かな、食べ物屋のレビューとかでもいいの?」
「はい!」
星上さんは何かを書き込んでいる。そして、
「期待しないで待っていてください!」
そのまま走ってどこかに行ってしまった。
そして、5時直前、また星上さんがやってきた。
ある雑誌を広げる。
「これはうちの会社が作っている食べ物の本なんだけど、ここのお店のレビューを考えてください。きちんと食べてくるんだよ。出来る?」
そのとき、胸が、わくわくとか、きらきらと、ときめくのを感じた。
「出来ます」
会社帰りに電車に乗りそのままお店に行く。ラーメン屋だった。券売機でチャーシュー麺を買う。そしてお店に入る。
「いらっしゃいませ!」
そして次の日、空いた時間で昨日食べたチャーシュー麺のレビューを書く。午後一番に星上さんに持っていく。星上さんは、
「ど~も、お疲れさん」
と言って受け取ってくれた。
しばらくして星上さんがやってきて
「蒼ノ山さん、もしかしてライターの経験とかあるの」
とか言われた。
「ないですけど、10代のころから15年間小説を書き続けています」
「今度見せて」
目がきらきらと輝いている。
小説を持っていくと、もっと見せてと言われた。
それから星上さんは僕の小説の読者になってくれた。
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