「あなたの仕事は誰にでもできる仕事ですよね」

「あなたの仕事は誰にでもできる仕事ですよね」

 ある日、野竹先輩に仕事をお願いされたときに真顔でそう言われた。僕はにこにこしていた。それどころか、

「仕事ありがとうございます」

 野竹先輩はチッと舌打ちをすると、じゃあお願いしますねと声をかけてさっさと自分の机に戻ってしまった。

 自分の机に座って仕事をしているとそのことばかりが気になってくる。頭がかっかとしてくる。たしかに僕は発達障害で突発的にいろいろとしゃべってしまって人の琴線に触れることがある。発達障害という障がいは最近判明した。僕は神様じゃないし、人間だから。人間だからどういうことが人の琴線に触れるかよくわからないし。


 このままじゃ感情がぐちゃぐちゃになってしまう。一言言ってやんなければ気が済まない。野竹先輩の机目掛けて突進していく。野竹先輩が椅子に座って仕事をしている。

「何か?」

 野竹先輩はパソコンを見ながらしゃべってくる。

「いや、なんにもないです」

 根性なしの僕は何も言えなかった。

 そういえば昔、小学生中学生時代にいじめられたときも何も嫌だとは言えなかった。


 いつしか場所は中学時代の校舎になっていた。暖かみのある春の日。薄桃色の花びらが散り終わり、薄緑色の葉っぱが生え枝だがお互いに競うようにずんずんと伸びていた頃、

「おい、豚ちゃん。豚ちゃん、お前相変わらず馬鹿だなあ」


 眼鏡をかけ、太った少年がにこにこしながら豚ちゃんと僕のことを馬鹿にする生徒と話している。豚ちゃんと僕のことを呼ぶ生徒は鳥吉という名である。鳥吉は背が高く、陸上部に入っていて女子にキャーキャーと言われている。先生の覚えもいい。どうして人のことを馬鹿にする生徒が中学校で人気があるのかはわからない。


 僕が昼休みに座って本を読んでいると、何人かの生徒と一緒にやってきて自分の股間をホウキでつついたりしてくる。そうして怒って立ち上がると一斉に逃げていく。

「やーい、やーい、豚ちゃん、豚ちゃん。悔しかったら怒ってみなよ」

「やーい、やーい、豚貧民、豚貧民。クルクルパーだ。クルクルパーだ」

 このように毎日優等生にもたくさんいじめられていた。この鳥吉という生徒は高校進学のときに有名私立高校に行った。そのときに思ったのは、人の気持ちが分からない奴なのに有名私立高校行けるんだと当時思った。その有名私立高校もたいしたことないなと当時思ったものである。


 ただ一言も自分の口でもういじめはしないでくれ。辛いとちゃんと言っていたらどうなっていたのかは分からない。当時はただただ泣いてばかりいた。今思えば一回勇気を出していじめっ子と対話してみても良かったと思う。

 

今回も同じだった。すべて胸の内に感情をため込んでしまって、きちんと抗議ができなかった。自分のふがいなさと相手への怒りとかが、ごちゃっ、となり、感情がどうどうとごっちゃまぜになる。帰りの電車に乗ったときに感情がかんで捨てたガムみたいにねばねばしている。周りの人たちが僕のことを馬鹿にしているように感じる。目の前のサラリーマンがドアの横に立って寝ている。人が怖い。人が怖い。


がんがんがん


 ふと中年のサラリーマンが自分のスマートフォンを窓に叩きつけ始めた。スマートフォンの画面が割れる。サラリーマンはまた目をつぶる。そして小声で

「あのやろう、ぶっ殺してやる」

 そう言って寝ながら涙を流していた。

 すべてが怖かった。荒んだ社会が怖かった。自分はどこかでのたれ死ぬのではないかとふと思った。


 やっとの思いで帰るとノートを取り出した。そこに感情の趣くままにぐちゃぐちゃな絵を描く。何枚も描く。ぞっとする絵を何枚も描いた。泣きながら描いた。

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