承認欲

僕は結構承認欲が強い。承認欲とは人から認めて欲しいと思うことである。例えば、ある仕事をしたとする。そのことをただ単に仕事をしたというのではなくて人に褒めてすごいと言ってもらいたいのである。今回もそんな風な話である。


「君、君、今日はテレビの取材が入るからそのつもりで」

「園上先輩、もっと前からその話聞きたかったですよ。そうすりゃ、今日有給使ったのに」

園上先輩は目をまん丸くする。そして一瞬口をきりっと結んだ。

「どうしてですか。緊張するの?」

「そうです。緊張したり、さらには緊張しすぎて嫌なところがでてきたりとか」

園上先輩は腕を組んで、天井を見上げる。そして目をしばたかせる。

「まあ、人間は完璧じゃないよ。だいたいの人は自分でも嫌なところを持っているよ。人間だもの」

「はあ。人間だから多少はしょうがないですね」

「そうそう。完璧だったら神様になっているよ」

「園上先輩も自分でも軽蔑するほどの嫌な性格持っています?」

「そりゃ持っているよ。俺も人間だから。はいはい。それより仕事、仕事。早くやりなさい」

 いつのまにか僕の机の上にたくさんの紙が山積みになっていた。そして速水さんがにっこにっこして立っていた。

「さあ、おしゃべりしていた分、たくさん仕事をしてもらいましょうかね。さあ楽しいお仕事の時間ですよ」

 それからこの仕事の説明を受けた。


 人から認めて欲しいっていう感情は多分学生時代に作られた物では無いかと思う。幼稚園時代から友達が居なく、いじめられてばかりいた。いじめといってもほとんどが無視だった。積極的ないじめを食らったのは中学2、3年の頃だった。今思えばそういうときこそ本をたくさん読んでおけばよかったと思う。長い年月いじめられすぎて、さみしいという気持ち、見捨てられるのでは無いかという気持ちが人よりつよくなってしまったのだと思う。大人になり、人から認められることはめったにないし、人からの承認を求めていたら自分がなくなるということが分かった。自分で自分のことを認めてあげればいい。

 しかし、頭では分かっていたが心がそれに追いついていかなかった。


 テレビの取材がきた。午後は丸ノ内課長よりスキャニングの仕事をもらった。

「これなるべく早くに。3時になったら栃木まで営業にいかなきゃならないから。おそくても2時半までにね」

「分かりました」


 その時にふと嫌な感じがした。丸ノ内課長に対してではなく、自分自身の承認欲に対してである。テレビの取材が来ているときはおとなしく机に座ってできる仕事をしたいなと思っていた。疲れてくるとさらに人から認められたいという気持ちが高まってくるからである。僕は、発達障がいと統合失調症を持っている。その発達障がいを持っていると、なぜだか分からないが人と動き方とか考え方とか感性が違うので浮きまくってしまうのである。その結果、やっぱり目立ってしまうのだと思っている。


スキャニングの資料をガラス板に置く。そして解像度を300dpiにセットする。

スイッチオン


一枚一枚スキャニングしていく。何枚もスキャニングしていくと頭が熱くなっていく。頭がぐわんぐわんと耳鳴りがしているように感じる。近くでは先輩が取材を受けている。耳に唱えられた念仏のように耳に入ってくる。


「ですから、私はですね。この地図を眺めると立体的に地図が脳内変換されるわけです」

「へえ、すごいですね」

「20年以上地図に携わっているプロですから」


 気がつくとその取材ばかりに気になってしまっていた。努めて見ないように心がける。雑念を振り払うようにコピー機でスキャニングをやり続ける。


「ちょっとどいて。私もコピーしたいから」


 ある正社員の女性が目も見ずに声をかけてくる。少しとげのある声である。少しウツっぽくなってすべてがネガティブに見えてしまうのかもしれない。


「分かりました」


 頭の中がどろどろと濁った血液が循環しているように感じる。

 どろどろと。


取材が終わった後、テレビの取材を受けた先輩に呼び出される。

「コピー機うるさかった。なにしてくれてんの?」

 僕は何も言えなかった。丸ノ内課長がやってきて、

「ごめん。僕が頼んだんだよ」

 先輩は、

「大丈夫です」

 そして僕と向かい合うと、

「少し仕事の仕方を考えて」

「はい」

「もういいよ。じゃあ仕事戻って」


 その日から周りの社員が冷たくなったように感じた。

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