1章 衝突

あなたと私たちでは価値観も何もかも違うのですよ。

「あなたと私たちでは価値観はまるっきり違うんですよ」

 野竹先輩にそう言い放たれた。野竹先輩はいつもこんな言葉を自分に浴びせてくる。あるときは、席に僕も含めて4人座っているのに野竹先輩は、

「ここには3人しかいないですしね」

 と存在無視である。


 野竹先輩は身長が少し低く、ナルシストが入っていた。髪は天に向かって立たせていて、目は小動物のように小さい目。ただ目はきらきらとしている。人生充実しているのか、はたまた夢を追っているのかはわからないが。

 今僕は出版社でアルバイトをしている。ただ普通のアルバイトでは無い。障がい者枠でのアルバイトである。障がい者枠での就職というのは給料が低いことが多々ある。会社の説明では、障がい者として配慮するためにその分給料を下げていると聞いた。それよりもほかでつぶしが効くようにここで仕事を精一杯学ぶことが大事である。僕が働いている会社は出版社といったが実は地図の本を作っている会社である。そしてその地図と一緒に旅行雑誌も作っているのである。


 僕が障がい者だとさっき書いたが、実は統合失調症と発達障害を患っている。中学時代のいじめが間接的な原因で、主な原因は高校時代、隣の公園で騒いでいる不良達のぶんぶんとバイクの吹かす音で不眠になり、統合失調症を発症した。

 この会社を受ける入社面接の時に統合失調症について聞かれた。

「あなたの病気について教えてください」

「私は統合失調症という障がいを抱えています。統合失調症というのは、そこでは聞こえない声が聞こえてくることや、ありもしない考えにとらわれてしまうことです。幻聴は消えましたが、少しありもしない考えにとらわれてしまうことはあります」

面接官の人は前のめりになって答える。

「ありもしない考えにとらわれるというと、具体的には?」

「周りから監視されているのではないか? 嫌われているのではないか? という妄想です」

「どういう風な対処をしていますか?」

「ありもしない考えに対処することとしては、根拠の無い事は信じない。うわさなどを信じないことです」

 とまあ、こんな風に面接は進み、そしてこの出版社にて働けることになったのだった。


 僕の名前は蒼ノ山 健介。身長は160センチなくチビである。そして緊張してしまって他の人とコミュニケーションがうまくとれない社会不適合者である。他の人と目を合わすと笑ってしまうのである。

 他の人と話すと笑ってしまう。この症状のお陰で人とコミュニケーションを取ることが苦手になってしまった。無理して話せば失言のオンパレードである。


他の人と話すと笑ってしまうという症状はきつかった。僕は人生を賭けて小説を描くという目的があるのでそんなに他の人と仲良くなる必要はなかった。飲み会とか行きたくなかったし誘われもしなかった。飲み会とか行っている暇があったら小説や芸術書を読んでいたり、創作物を作ったりしていたかった。ただ、仕事場でここまで存在を無視されると寂しいという気持ちになる。


統合失調症になったのは高校2年の冬である。統合失調症はまだどんな病気か医学的に解明されていないし、症状も百人居たら百通りあるので実際は統合失調症がどんな病気かがわからないというのが現状である。ともかく当時住んでいたアパートの隣の公園が不良のたまり場だった。もう自分の部屋の窓の横が公園だった。悪いことに公園には灯りがついていてさらには座る椅子まであるから多分居心地が良かったのであろう。朝から晩までずっと不良同士でしゃべっていたり、バイクを吹かしたりしてばかりいた。めちゃくちゃうるさかった。近所の警察官が何回も来たがまったく効果がなかった。

「お母さん、夜隣うるさくて眠れない」

「我慢しなさい」

「引っ越したい」

「うちにはそんなお金ありません」


 それだけだった。引っ越してきた高校1年のころからずっとであった。高校2年の冬ということは約1年半我慢してきたことになる。そして1年半経ったころからだんだん幻聴が聞こえ始める。幻聴というのは本来聞こえもしない声が耳に聞こえるように脳が感じるということである。あと妄想である。統合失調症の妄想というのはありもしない考えが頭に浮かび、その考えが頭から離れなくなるといった類の症状である。僕の場合まず妄想が始まった。中学時代のいじめっ子が実は隣の公園にいて自分のことを見張っていて笑っているのではという考えだった。その考えが浮かぶと自分は生きているという気分を無くし、心臓の鼓動までもいじめっ子に聞こえてしまうと思い込んでいた。それでもバイクを吹かす音はやまない。自分には安心できる場所が無くなった。


 毎日毎日いじめっ子に見張られているという感覚。いつ呼び出されて殴られ蹴られたりお金を請求されたりするのか本当に怖かった。


 ある日の夜いつもの通り蒲団にもぐり眠りに入る。そしてうつらうつらして夢を見た。

 

狸の子が二本足で歩き右手にはひょうたん、左手には串団子を持っている。濃い茶色の毛並みに、人形みたいな二つの黒い目。後ろから下がっている尻尾は二本足で立つのにバランスを取っているのだろうか、尻尾が、ぷらりぷらりと揺れ、地面に垂れている。ひょうたんの中に入っているのは酒だろうか? 狸の子の顔が赤い。そして千鳥足である。そして空には着物を着た河童とおぼしき生物が太鼓を持ってでんでんと太鼓を叩きながら空を駆け回っている。 河童は頭に皿を載せ、黄色い少しつぶれたくちばしを持っている。背中には亀の甲羅を背負い全身は緑だった。ところどころ濃い緑のはんてんがある。狸の子と河童が歌う。


ぶおーん、ぶおーん、ぶおーん。


急に何かの音がして目が覚める。まだ部屋の中は真っ暗である。続けて、


ぶおーん、ぶおーん、ぶおーん。


隣の公園で不良たちがバイクを吹かしていた。もう止めてくれ。話すのはいいけどバイクを吹かすのだけはやめてくれ。安心して眠れない。安心して生活ができない。これ以上うるさいと精神を病んでしまう。本当に精神を病んでしまう。


そして次の日から現実にはありもしない考えに加えてありもしない声も聞こえるようになったのだった。

 ありもしない声というのは自分の場合はいじめっ子にあらゆる行動が見られていてそのまま実況されているという声である。


 初めての出来事に混乱する。そこで考えたのはどこかに盗聴器とスピーカーがしかけられていて自分のことが筒抜けなんじゃないかと考えた。そこで部屋をひっくり返して盗聴器を探す。その間にもいじめっ子達の声が僕のことをあおっている。どんどん頭が混乱していく。

 次に考えたのがどこかに電波塔があってそこから脳が電波を受信しているのではないかと考えた。もうここまで来るとなにがなんだかわからない。外を歩き回る。とある一軒家ここからじゃないかと思ってしまい、何回も様子を見に行く。しばらく歩いているとおじさんになんかようかと質問される。それでも何回も家の周りをぐるぐると歩き回る。


 これはおかしいんじゃないかと母親と祖父に精神病院に連れて行かれる。そこの先生に紹介状を書いてもらい、29才以下の患者が入院している所を案内してもらう。いわゆる思春期病棟である。そこに入院することになった。


精神科の自分の担当の先生は30代の女性の先生だった。病名は統合失調症だった。

そして入院生活が始まった。

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