第39話 潜入からの脅し


 神殿から逃げ出した三千院華をかくまったところ神殿兵とひと悶着あった。


 その関係で、夕方以降、神殿側からなにがしかの動きがあっては面倒なので神殿に釘を刺しておこうと俺が閉じ込められた懐かしの物置部屋に転移した。



 物置部屋の扉に手をかけたら鍵はかかっていなかったので、そのまま外の通路に出た俺は最初に連行された通路を逆にたどっていった。


 一度階段を上ったところで、ふと、召喚された時の部屋がどうなったか気になって探してみることにした。


『たしかこっちだったハズ』


 うろ覚えではあるが、何となくこっちだろうなと思う方向に俺は歩いていった。幸い通路には誰もいなかったので、すたこらと通路を歩いていくとなんとなく思いだしてきた。俺たちが召喚されたのは、おそらく今見える通路の突き当りの部屋だ。


 部屋の扉は鍵がかかっていたが、アイテムボックスの収納を使って、俺は人一人が通れるくらいの孔を扉に空け部屋の中に入っていった。


 思った通りその部屋は俺たちが召喚された部屋で、床の真ん中には青色の塗料か何かで描かれた魔法陣がちゃんとあった。


 部屋の前に見張りが立っていたわけではないのでこの場所はそれほど重要でないのかもしれないが、さりとて不要なものでもないだろう。


 よーし。こいつを人質にしてやろう。


 いったん部屋から出た俺は、この前作ったままにしていたニトログリセリン入りのポーション瓶を1本、50メートルほど先の通路の曲がり角の天井辺りに排出してやった。


 宙に浮いたポーション瓶は普通に落下して床に当たり、爆発が起こった。ポーション瓶程度ではニトログリセリンの量もたかが知れていたので、爆発と言ってもそれほど大した爆発でもなく、俺のところまで破片が飛んでくることもなかった。


 2分ほどしたら、神殿の連中が爆発の名残りの青白っぽい煙が漂う通路の角に集まってきた。俺を見つけた連中がなにやらわめきながらこっちに向かってきた。


 俺はニトログリセリン入りのポーション瓶をもう1本手の中に出して、向かってくる連中目がけて投げつけてやった。


 通路の天井がそれほど高くなかった関係で仰角をあまりとれず、ニトログリセリン入りポーション瓶は20メートル先辺りの床に落っこちて爆発してしまった。小さな破片が飛んできたが大したことはなかった。ドンマイ。ポーション瓶にニトログリセリンがしっかり入っていないと空気が入って、思いっきりぶん投げたら爆発する危険があったが、その時は失念していた。何事もなくポーション瓶を投げられたということは、瓶の中に空気が残っていなかったのか、単にラッキーだったのかはわからないが、今度ニトログリセリン入りの何かを作る時は入れ物の中に空気を残さないようにしないとな。



 今の爆発で俺の方に向かってきていた神殿の連中はいったん曲がり角の先に逃げ帰ったのだが、しばらくしたらまた曲がり角に現れた。


 そこで俺は神殿の連中に手を振って、後ろの扉の天井辺りにニトログリセリン入りポーション瓶を排出し、すぐに屋敷の居間に転移した。ニトログリセリンの爆発で扉は吹っ飛んだろうが、部屋の中の魔法陣に影響はなかったろう。多分。


 俺の意図したことは伝わったと思うが、ちょっと難しかったかもしれない。



 居間のソファーに座っていたところ、突然目の前に現れた俺に向かって華ちゃんが、


「岩永さんはテレポートが使えるんですか?」


「テレポートと言えばテレポートなんだろうな。俺のよく知っているところならどこでも跳んでいける。日本に帰るのもその延長線だ。いつでも日本に送り返せるから気が変わったら言ってくれ」


「はい」


「先ほどの子どもたちですが、岩永さんは子どもたちを養ってるんですよね?」


「ああ、毎日お使いと家事の手伝いをさせている。

 言い忘れたが、家事全般を任せているリサを含めて全員奴隷だ。俺が奴隷商会から買ってきた」


「か、買ってきた!?」


「そ。売ってるものを買ってきたんだが、何か変か?」


「い、いえ。奴隷という言葉に馴染みがなかったもので」


「まあ、奴隷と言えば変な響きがあるが、俺からすれば、労働力の提供の対価に一括代金を払っただけだ。

 奴隷本人からすればいろいろな事情で衣食住に困っているところを、自分を売ることで生きていけるようになった。それだけだ。子どもたちなんか、奴隷商会で預かっていなければ良くて浮浪児、悪ければ飢え死にだ。奴隷制度は世のため人のためになってるんじゃないか?」


「そ、そうですね」


「だろ?」


 思いついただけの講釈を目の前の女子高生はなちゃんに垂れてみた。子どもたちを買った時など、単純に作業させれば俺が楽できると思っただけだったがな。


「子どもたちも、リサも俺に奴隷代金と衣食住の対価として労働力を提供してくれているわけだが、じゃあ、華ちゃんは、俺に何を提供してくれるのかな?」


 華ちゃんが下を向いてしまった。


 今のはちょっと意地悪な質問だったな。


「今のは冗談だ。気にしなくていい。そう言えば部屋を決めてなかったな。

ついてきてくれ」


 華ちゃんを連れて2階に上がって空いている部屋の一つに案内して、


「この部屋を使ってくれ」


 そう言って寝具など一揃いベッドの上にアイテムボックスの中から出してやった。


「そう言えば、華ちゃん、着替えなんか持ってないよな?」


「すみません」


「悪の組織から着の身着のままで逃げてきたんだから仕方ない。

 晩飯までにはまだ少し時間がある。その格好で向こうの店に入るのは勇気がいるかも知れないが、今のご時世誰も他人の服装なんか気にしないから大丈夫だ。

 一緒に服を買いに行こう」


「今からですか?」


「その格好でずっといたくはないだろ? 男物なら俺が買ってきてやってもいいが、さすがの俺も女物の下着なんぞ買いたくはないからな」


「分かりました」


「俺の手を持ってくれるか? 人を運ぶには直接触れている必要があるんだ」


 車に乗せたままだったが作業員を運んだので、本当は手をつなぐ必要などないのだろうが、そこはそれ、役得? そういったものだ。


 華ちゃんが恐る恐る俺の手を取った。指先が妙に柔らかい。これが女子高生の指先なのか。


 俺はリサに、華ちゃんを連れて1時間ほど留守にすると言って、日本に転移した。


 行き先は俺の近所のいつものスーパーだ。大型店なので上の階には衣料品も揃っている。しかも安い。もっと高級な店でも良かったが何せ俺はここしか知らないのだから仕方ない。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 一方こちらは山田圭子と田原一葉を乗せた馬車。


「あの子を追って神殿兵が何人か向かったようだけど、逃げていった人なんかどうせ何にも役に立たないんだからほっとけばいいのに」


「わたしたちからみればそうでも、下っ端の神殿兵たちから見れば違うよ。神殿兵たちもわたしたちと同じ考えでも、逃がしちゃったら上司から叱られちゃうでしょ。だから、探してるだけなのよ」


一葉いちはかしこーい!」


 そうこう話していたら、馬車の外が騒がしくなってきた。神殿兵たちが戻って来たようだ。三千院華が連れ戻されていないところを見ると、彼女は逃げ切ったのだろう。彼女にとっては逃げ切って安心しているかもしれないが、一人で生きていくことなどできない以上それだけだ。結局神殿に戻ってくるのだろうなと一葉は考え、戻って来た時にはプチ家出をわらってやろうと思っていた。


 そのあと何も説明ないまま馬車は動きだし、彼女たちは神殿に帰り着いた。


 二人は夕食前に汗を流そうと風呂の準備を侍女たちにさせていたら、神殿の奥の方でくぐもった音がした。以前聞いた爆発音ほどではなかったが、何かの爆発が起こったようだ。それからしばらくして2度目の音が伝わってきた。そして、3度目の音がしてそれっきりになった。


「ねえ、一葉、さっきの音って爆発音だったよね?」


「そうね。この前の爆発の時の犯人がどうなったか聞いていないけど、同じ犯人がこの神殿を襲ったのかもしれないよ」


「いやだよねー。テロ反対はんたーい!」


「わたしたちに、テロ犯人を捕まえてくれって頼みにきたりして」


「それはさすがにないんじゃない?」


「そうかなー。

 わたしたち、まだ人間と戦ったことないじゃない」


「そうね」


「人間と戦って、相手を殺しちゃうと相当ショックを受けるってよくラノベで書いてるよ。訓練の意味でもテロ犯人を殺せって言われるかもよ」


「可能性はあるね。一葉は人を殺せる?」


「うーん。その場になってみないと分からないけど、相手がこっちを殺そうとしていたら殺すと思う。そうしないと自分が殺されちゃうんだもの」


「そう言われれば、確かにそうね。わたしもそういう状況なら殺せると思う」


「圭子、もうこの話はよそうよ。そろそろお風呂の準備ができるころだからお風呂にいこうよ」


「うん。そうだね」

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