第38話 三千院華2


 俺の屋敷に女子高生が逃げ込んできた。神殿兵に追われているというので、俺は如意棒を持ったまま玄関を出て門に向かっていった。


 そしたら、木製の門扉の向うから、


『申し訳ありません。ここに若い女性が逃げ込んだハズなんですが、探し出して連れ戻すため、中に入れてもらえませんか?』


 ここは、屋敷街の中にある屋敷だ。表札がかかっているわけでもないので相手も屋敷の持ち主が誰だかわからず下手に出ているのだろう。俺の感覚が告げるところ、門前には7人ほどの兵士が立っている。


『門を越えてこの屋敷の中に逃げ込んだところを見ているんです。早く開けてください!』


 俺も最初からケンカする気はないので、もの柔らかさを意識しつつ、


「誰もうちに入ってきていない。とっとと帰れ、アホウども!」と、優しく返事をしておいた。


『なにを! われわれは、アキナ神殿の神殿兵だ! 下手に出ていればいい気になりおって。

 どうなっても知らないぞ!

 おまえたち、責任はわたしがとるから、この門をうち破ってしまえ』


『隊長、我々の剣ではこの門を破るのは無理そうですが』


『それなら足で蹴るなり何なりして、この門を壊せ』


 おいおい、勝手に人のうちの門を蹴っ飛ばすなよ。


「おまえら、いい加減にしろよ。俺が直々じきじき成敗せいばいしてやろうか?」


『笑わせるな。素人に何ができる』


 いつぞやの刺客のような連中なら問答無用で退治してやったのだが、このあたりは高級住宅街のようだし、派手なことはマズそうなので、錬金工房の中で水を少々温めて門の表に向かって撒いてやることにした。あまり高いところから撒いてしまうと冷めてしまうので門の高さくらいのところから一人につき桶一杯分ずつかけてやった。


『ギャー!』『熱い!』『ウォー!』、……。


 何だかわめきながら神殿兵たちは向こうの方に走り去っていった。


 たかが60度に温めただけの水を大げさな。60度程度のがそんなに熱いものなのか?


 試しに錬金工房でさっきと同じ60度の水を桶に入れて、手元にとり出して人差し指を入れたら火傷やけどしたかと思った。思っただけで火傷はしなかったので、多分門の外の兵士たちも火傷はしなかったろう。水に濡れた体だ。ほっとけばそのうち寒くなってきて元は取れる。



 簡単に追っ払ったが、夜にでもお礼参りにこられたら面倒なので、先に俺の方から警告してやろう。


 まずはその前に、逃げ込んできた女子高生から事情を聞いておくとするか。




 居間に戻った俺は、かしこまってソファーに座っているた女子高生に向かって、


「神殿兵は追っ払ってやった。

 何があったんだ?」


「ありがとうございます。改めてわたしの名まえは三千院華さんぜんいんはなと言います。はなと呼んでください」


「華ちゃんな。俺は岩永善次郎いわながぜんじろう。俺のことはぜんちゃんとでも呼んでくれ」


「はい。

 最初の日、岩永さんが職業やスキルがないと言って神殿兵に連れていかれた時からおかしいと思っていたんですが、だからと言って逃げ出すわけにもいかず今まで訓練をしていました」


「何の訓練?」


「神殿で受けた説明では、新しく見つけたダンジョンの最下層にアーティファクトがあり、それを回収するためわたしたちを召喚したそうで、魔物や罠のあるダンジョンを踏破して最下層にいくための魔術や武術の訓練をしていました」


「そんな理由で俺たちは召喚されたのか。初めて知った。

 しかし俺が連れていかれておかしいと思ったくらいで逃げ出したのか?」


「それもありますが、こんな異世界に簡単に人を攫ってくるような人たちを信用できなくて。

 正直に言うと、残った二人とどうもうまく付き合えなかったことが一番の理由かもしれません」


「ありがちだな」


「それで一昨日、訓練からの帰り道、聞いたことのあるクラシック音楽を耳にして、もしかして地球の人がこの辺りに住んでいるのではと思っていたところ、今日もクラシック音楽が聞こえてきたので思い切って逃げ出してきました」


「話は分かった。

 それで、俺にどうしてもらいたいんだ?」


「厚かましいお願いですが、ここで住まわせていただけませんか? 仕事なら何でもします」


「住まわせてやることも可能だがな。

 見ての通り、ここにはテレビやプレーヤーもあるし照明もある。テレビはプレーヤーで再生したものを見聞きするしかできないがな。発電機ももちろんある。

 どうしてこんなものがあると思う?」


「もしかして、岩永さんは日本とこの世界を行き来できる?」


「そういうことだ。

 簡単だからこのまま華ちゃんを日本に送り返してやろうか?」


「そんなことまでできるんですか?」


「まあな」


「それじゃあ、わたしたちなんかよりずっと能力があったってことなんですね」


「実際あの時はそういった能力はなかったんだが、俺には運よくスキルポイントってのがあって何とかなったわけだ」


「スキルポイント?」


「思った通り、きみらと俺とは召喚特典が違ったんだな。それは今さらどうでもいいが、失踪中の・・・・きみらの顔写真がスーパーの掲示板に貼ってあったぞ。親御さんも心配してるだろう。今から日本に送ってやろう。

 どこに出たい? 俺の知ってる場所ならここから一度で跳べるぞ」


「わたし、本当のところは日本に帰りたくはないんです。でもここにいれば迷惑でしょうから帰ります」


 その言い草は、ここにいさせてくださいと同義だろ? 家庭の事情とか、学校の問題とか、そういった複雑な事情がありそうだ。俺がそんなことを知ったところでどうにもならないが、無理に送り返すわけにもいかないよな。


「わかった。ここにおいてやるから安心しろ」


 そうは言ったものの、見方を変えれば女子高生を拉致監禁したってことにならないか? 日本でそんなことすれば問答無用で逮捕され、全国区の大悪人に仕立て上げられるのだろう。まあ、この世界でかくまっている分には特に問題ないか。


「ありがとうございます」と、華ちゃんが俺に頭を下げた。おさげに編んだ左右の三つ編みが跳ねた。そういえばこのは眼鏡をしていたと思ったが、職業とスキルのおかげで視力が回復したのかもしれない。


 華ちゃんが『ありがとうございます』と、頭を下げたところでお茶の用意をしたリサが現れた。


「リサ、今日からこの三千院華がうちの子になったからな。こっち風に言うと、ハナ・サンゼンインだ」


「かしこまりました」


「子どもたちには夕食時紹介すればいいな。

 というかそこから覗いているなら、こっちにこい」


 居間の入り口から覗いていた子どもたちを呼んで、4人に華ちゃんを紹介し華ちゃんには子どもたちが自己紹介した。


「こっちが華ちゃん、よろしくな」


 紹介したと言っても俺自身よく知らんからな。


 それでか子どもたちも名まえと年齢を言っただけで自己紹介を終え、最後にリサが似たような自己紹介をして顔合わせは終わった。


「神殿の連中がうちにちょっかいをかけないよう、俺はこれから釘を刺しにいってくるから」


 俺はそう言って神殿の中で俺が閉じ込められていた物置部屋に転移した。俺が空けた隣の部屋への孔は板で塞がれており、明り取りの窓まで作った階段はどこかに片付けられていたし、その窓も板で塞がれていた。お金があるんだったら早めに修理した方がいいぞ。




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