第3話 脱出2


 妙な場所から現れた俺に驚いている現地人に軽く会釈して、しばらく堀に沿った道を行くとかなり広い道が見えた。今の道にT字になるよう繋がっている。どの道も10センチくらいの角石で舗装されているのだけれど、凸凹していて歩きづらい。振り返ると、俺の捕まっていた建物は結構大きな石造りの建物だった。



 ああ、こっちの世界の一般人を初めて見たけど、横長の耳の人も猫耳とかしっぽとかある人間は一人もいなくて普通の人間だった。


 歩いている人の恰好は、俺が着ている地味な上下と同じような地味な色合いでどこかススけているように見える。人を乗せた箱馬車や荷馬車、人の曳く荷車も多い。ただ、凸凹な石畳のせいで車輪の音がガタガタうるさい。


 俺は逃げ出した施設から距離をとった後、食堂を探しているのだが、なかなか見つからない。かれこれ半日以上腹に何も入れていないんじゃないか? 喉も乾いてきたし勇気を出してそこらの人に聞いてみるか。


「あのう、この街初めてなもので、近所に食堂みたいなところをご存じありませんか?」


 すぐそこを指差された。見るとお皿とフォークの絵が描かれた木の看板が入り口の横にぶら下がっていた。ちょっとだけ恥ずかしいぞ。


「ありがとうございます」。この世界でもお礼は大切だろうからな。


 ドアを開けて中に入るとそこは食堂だった。


 当たり前か。


 空いた席に着いてメニューを探したが、テーブルの上にはかごに入ったナイフとフォークとスプーンしか置いていなかった。代わりにメニューは壁に貼り出されていたので、その中からランチセットを頼んだ。


 先払いで銅貨十二枚。銀貨を見せると、小さい銀貨一枚と大きい銅貨三枚それに銅貨八枚がおつりで戻ってきた。銀貨が銅貨百枚相当、小銀貨が銅貨五十枚相当、大きい銅貨が銅貨十枚ということらしい。通貨の単位が分からないので、銅貨一枚を一ユニットとすると、現在、二百九十三ユニット所持していることになる。とりあえず一ユニット=百円と考えよう。


 凸凹で表面が黒くなった木のテーブルの上に置かれた料理は、プレートに乗った何かの肉と温野菜。カップ一杯のスープに丸いパンが二個出された。パンはお替り自由といわれた。


 テーブルの上の小さな籠の中からナイフとフォークを取り出し、プレートの上の物をつついてみた。肉は固く、胡椒も塩も少ない。温野菜はかぼちゃと人参に見える。これは結構食べられる。スープは野菜のスープか? スプーンですくって口に運んだが、何かの野菜を煮詰めたもののようだが何の野菜かなのかわからない。飲めることは飲めるがただそれだけで、塩味と出汁というか旨味が足らず、お世辞にもおいしいとは言えない。パンは予想通りポソポソ。お残しはいけないから無理しても食べ切った俺は偉い。空腹でなかったらさすがの俺でも食べきれなかったと思う。食べ終わった後で気づいたが、パンはスープに浸して食べればよかった。


 よそからくすねた金であれこれいうのはなんだが、これで千二百円とは、かなり高いと思う。銅貨一枚=一ユニット=百円が間違いか? これは要検証事項だ。ビッグマ○クがあればだいたい見当がつくかも知れないが、あの推定もそこそこいい加減だしな。


 まずいメシだったが、腹は膨れた。そしたら、こんどは少し眠くなってきた。店の人にどこか良い宿屋は無いかと聞いたら、向かいがお勧めの宿屋だそうだ。値段も手ごろらしい。


 食堂を出て通りを横切って宿屋に入ったら、


「いらっしゃい。お泊りですか?」と、カウンターの後ろに座った受付のおばさんがにっこり。


「一泊でお願いします」


「一泊素泊まりで六十コルネ、朝・夕食事付きで七十コルネです」


 コルネというのが通貨単位か。一コルネが銅貨一枚と思おう。そうでないとお金が足りん。


「じゃあ、食事付きでお願いします。はい七十コルネ」


 少し緊張して小銀貨と大銅貨二枚を手渡す。


「確かにいただきました。部屋は201号室になります。今ご案内します」


 良かった。銅貨一枚一コルネで。


 おばさんに連れられ階段を一階分上がるとそこはすぐ201号室だった。


「トイレは廊下の突き当りです」



 廊下の奥の方に何部屋かあり、階段もまだ二階分上の方に続いている。階段を挟んだ廊下の反対側にも廊下が続いている。結構大きな宿なのか? どっちでもいいけど。


「夕食は午後6時から午後9時までになりますから、それまでに下の食堂にお願いします」


 時刻をどうやって知るのかその時は分からなかったが、朝6時、9時、正午、午後3時、6時、9時に鐘が鳴るのだそうだ。


 鍵をもらって、案内された八畳ほどの部屋の中を簡単に点検した。


 シングルベッド一つに小さな丸机。風呂もシャワーもなく、トイレはさっき聞いたが廊下の先。窓は木の鎧戸でガラスは嵌っていなかった。


 部屋の点検を終えたので、ベッドに横になって今後のことを考える。かなり精神的に疲れているが、まだ眠ってはいけない。


 そろそろ俺の脱走は気付かれたか? 今のところ窓の下の通りの様子はいたって普通なので、何かしらの変事が起こっている感じではない。


 連中は俺のことをいらない子認定してたわけだから、まさか自力で壁に穴をあけたとは思うまい。どこかの第三者が出張ってきたと考えるんじゃないかな。いやそれは無いか。異世界から拉致った男に仲間などいるはずないものな。ということは、俺の価値がにわかに上昇したか? あんな仕打ちをされた俺が素直に協力するとは連中も思わないだろう。放っておいてくれることが一番だが、タダの希望に俺の安全をかけるわけにはいかない。


 俺が気を付けるべきは、拉致と暗殺。拉致ならまだ殺す気はないということだから少し安心だが、可能性はやや低くなるだろう。可能性の高いのは暗殺だ。怖いな。杖術Lv3は伊達ではないと思うがどうなんだろう? 自分の力量もはっきり分からない上に、襲ってくるかも知れない相手の力量などは皆目見当がつかない。なにか目安のようなものがあればいいのだが。


『ピロロン!』


『1スキルポイントを使って人物鑑定を習得しますか? はい、いいえ』


 この局面でのピロロンに俺はすかさず『はい』を選択した。


『1スキルポイントを消費して人物鑑定を習得しました。残スキルポイントは137です』


 これ以上の案内がなかったところを見ると人物鑑定にはレベルは無いようだ。


 試しに自分を意識した所、青い半透明ボードが現れその上に文字が書かれていた。


 名前:ゼンジロウ・イワナガ

 職業:なし

 年齢:27歳

 スキル:アイテムボックス:LvMax、杖術:Lv3、人物鑑定


 なるほど、これが人物鑑定か。

 外に出て人物鑑定を試してみるか。何か役に立つ情報が得られるかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る