1章 転生 6

パチパチと焚き火の薪が弾け、宙に消える。

小さな焚き火は、森の中の広間を赤く照らしていた。

揺らめく炎は様々に形を変えて、まるで生き物の様に踊っている。

暖かい。まるで太陽に照らされた様に、光の当たる部分はほんのり熱を帯びる。

セイジは、その焚き火の前で眠っていた。

安らかに。この世を喜びや悲しみを一切排除するように。

世界樹の森の、麓の村に近い場所。拓けたこの場所は、様々な人々が好んで使用する。

麓の村の住人達の祭事や、旅人の憩い場等用途は様々。今に至っては、夜更けでもあってか、その焚き火以外の使用者はいない。最近は魔王軍進行のせいもあり、旅人もめっきり減ってしまった。

セイジは焚き火に照らされながら、静かに寝息を立てる。

夢を見ているわけではない。

只々深い眠りについているのであった。


ふと、冷たい夜風が広場を駆け巡る。

まるでセイジに、『そろそろ起きたらどうだ』と言う様だ。

セイジの脳は徐々に覚醒を始める。しかし、本人の意志によって身体の覚醒は阻害されていた。

まだ、微睡んでいたい・・・。

この世界に来てから、まともに睡眠した事などなかった。

それに、起きていたって現実は辛い事ばかりだ。眠っていられたらどんなに楽か。

覚醒した脳は、セイジに現実を思い出させる。

いつもみたいにコンビニによって帰ろうとしていた事。

またあの赤信号に捕まってしまった事。

それから、異世界転生を果たし勇者となった事。

それから・・・。


「・・・生きてる」


生きていた。

死んでいなかった。

セイジは身体を反射的に起こす。両手を見つめ、付いていたであろう自らの夥しい血液が無い事に呆然とした。

右足は!?

矢に射抜かれたはずだ。

しかしその矢も、更に傷口さえ見当たらない。

どういう事だ。あれは夢だったのか??

様々な思考が頭を巡った。その頭も砕かれたはずなのに傷は無い。

健康体そのものだった。


「目覚めたか・・・」


不意に聞こえた女性の声に、セイジは身体をビクつかせてその方を振り向いた。


「完治したようだな。あまり大怪我ではなかったと見える」


女性は焚き火の対面側に座っていた。白銀の鎧を纏っている。

大怪我では、なかった??

何を言っているのだこの女性は。大怪我でなければ何だというのだ。こちらは死んでしまったのだぞ。

と思ったところで、いや、死んでいなかったのか。と更にセイジの疑問は強まるのだった。


「あ、いや、すまない。”死んだ”のだったな。それは大怪我だ」


ふふふ、と女性は鼻で笑った。

何が面白いのだろう。行っている事の可笑しさに、彼女は気づいてないのか??


「君は、”死んだ”。それは疑いようの無い事実だ。おそらく、1回目の死亡だったのだろう??」


怪訝そうにセイジが女性を見つめていると、女性はセイジの疑問を察してか答えを出してきた。

死んだという事実。

しかしセイジには全く理解できなかった。何せ、自分はまだ生きている。


「いや生きてるじゃないですか」


「そうだ。1度死んで、蘇生したのだ」


1度死んで。蘇生した??

何を言っているのだろう。セイジの疑いは強まる。

いや、しかし、本人の顔は、目は至って真面目だ。

そして、確かに辻褄が合う。自分はやっぱり死んだのだ。

あのゴブリンに殺されたのだ。


そう思うと、途端に恐怖に襲われる。

自分は、死んだ。

右足を射抜かれ、頭を割られ、無残も殺されたのだ。

その時の感覚が鮮明に蘇ってくる。痛み。骨が砕ける音。溢れ出る血液。掠れていく視界。

そして、死。

それは無だった。

圧倒的に、自分が何処にもいないのだと、客観的に見ている自分がいる。何も感じず。何も考えられない。

見ているそれは、自分なのか。それすらも危うい程に。


「わかるよ。辛く、苦しいものだ。大変だったな」


対面の女性は遠い目をしている。

その瞳はセイジを捉えているのか分からない。

何を、わかるものか。

この苦しみが。

この恐怖が。

分かるとでも言うのか。とセイジは込み上げる怒りをぶつけようとしたが、それは出来なかった。


「・・・私も、勇者だからな」


「え・・・」


その言葉のせいで、セイジのすっと怒りは何処かに行ってしまった。

勇者??

それはつまり、自分と同じということなのか??

それより彼女も・・・


「死んだ事、あるんですか・・・??」


「ああ。あるとも。だから君の事は分かるし。君と同じだ」


言って欲しかった答えだった。

女性は、柔らかな笑顔で頷いた。

セイジは全く疑わなかった。その女性が言う事を、その女性が自分と同じ勇者だという事を。

だから、心から良かったと思った。

だから、心から救われたと思った。

自分は一人ではなかった。

セイジは不意に流れる自分の涙に、急に恥ずかしさを覚え、必死に拭い隠そうとした。

そんなセイジを、女性は微笑みながら見つめていた。


「あ、えと、すみません」


「いいよ。落ち着くまで待っていよう」


セイジは震えながら、声を殺して泣いた。

恥ずかしさと、いたたまれなさと、安堵と、恐怖が入り交じる。

その全てを飲み込んで、セイジは泣いた。

叫びにはならない。

恥ずかしかったからだ。




「・・・もう、大丈夫です」


セイジの言葉に、そうか、と女性は焚き火を見つめながら呟く様に言った。

パチン、と薪が割れて火の粉が宙に消える。

一瞬の静寂が広間を支配する。

セイジは鼻をすすり、涙を拭って次に何を話そうか悩んでいた。

自分の世界の事。

この世界の事。

そして、死んだ事。

巡り巡って何が何だか分からなくなっていたが、それは杞憂に終わった。


「私は、リーナと言う」


リーナは顔で、君は??と言っている様だった。

宵闇と、焚き火の炎に当てられて髪が緋色に見えた。おそらく、綺麗な黄金色の長髪をしているのだろう。


「僕は、セイジと言います」


リーナは、そうか、と頷く。


「セイジ、聞いてほしい。これは真実だ」


リーナはセイジに向き直り、これまた神妙な面持ちで伝える。

セイジは少し怖かったが、黙ってそれを受け入れる事にした。


「君は、いや、私達は”死ぬと、蘇る”。それだけではない、死ぬと身体的に”強化”されて蘇る。死ぬほど強くなるという事だ」


それは先程の会話で察しが付いていた。

勇者は死ぬと蘇る。

が、身体強化されるとは。それが転生した勇者のスキルと言うべきなのか。


「死ぬと強くなる・・・」


「そうだ。蘇生については外傷によるが、部分を欠損しない限り半日から一日で蘇生が完了する」


成程。とセイジはすんなりとその事実を受け入れる事が出来た。

まだ出会ったばかりだというのに無用心等とは思わかなった。

リーナの言葉はとても信頼できる。それは彼女の雰囲気から伝わる。勇者のオーラと言うべきものが物語っていた。


「だが間違っても、自殺であったり、わざと致命傷を負う事はしないで欲しい。君の心は死んでも強くはならない。簡単に壊れてしまうだろう」


それについては激しく同意だった。

もう、あんな思いはしたくはない。

セイジは真剣な眼差しでリーナを見て、そして頷いた。

リーナは微笑みながら、良かった。と安堵した様だった。


「聞きたい事は山程あるであろうが、今日はもう遅い。明日、移動しながら教えよう」


「わかりました。あの・・・」


セイジは、ようやくリーナが自分を助けてくれ、ここまで運んで診ていてくれたのを理解した。

すごく遅くなってしまったし、先程は失礼な考えを巡らせてしまってとても申し訳なかった。


「皆まで言うな。私が好きでやっている事だ」


とセイジが謝罪と感謝をする前に、リーネに制されてしまった。

やり場のない気持ちでいっぱいになる。リーネの次の言葉に、それは更に強まった。


「それと、元の世界に戻る方法だが、私にも分からない」

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僕に世界は救えない @fuziokahuzi

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