1章 転生 4

嫌な予感というのは、得てして当たるものだ。

口ではそんな事ないだろうと言ってはみるが、心の中ではもしかしたら、思っている自分がいる。

そしてそんな、もしかしたらと思う自分が現実に勝ってしまうのだった。

人間には、第六感というものが生まれつき備わっている。

それは、未来予知である。

とは言っても、人間誰しもが完全に未来を予知する事など出来ない。その力は不完全であり、主に予想とか予見と呼ばれる。

人間はある程度の未来を予想し、行動する事が出来る生き物だ。

当たり前の事だ。こじつけだ。と思うだろうが、そういうものである。

しかし中には、それを分かっていながら、リスク評価できない人間もいる。そういう人間は人より多くの危険に晒されたり、マイナスの出来事が多いものだ。

セイジもその類いに分類された。


「だ、誰か。そこにいるのか・・・??」


セイジは深い森の中、そのザワザワと音を立てる茂みに向かって心許なさそうにに言った。

大抵、森には危険がいっぱい。何が潜んでいるか分からない。セイジにもその考えは多少あった。

しかしセイジには、その道を通れば大丈夫。安心だという過信があった。

その道は、多くの人々が、長い年月をかけて踏み固めていった街道だ。麓の村から世界樹まで一本道になっていて迷うことはない。

道幅は広く、歩きやすいよう整地されている。少々登り気味なのがいけないが妥協できるだろう。

そんな、誰が通っても安心できる道において、一人、セイジは言いようのない不安に駆られている。

徐々に、茂みのザワザワは近づいてくる。一つではない。複数の気配を感じる。動物か、或いは、


「魔物・・・」


セイジは息を呑んだ。

装備は、王城で貰った鉄の剣と蜥蜴人〈リザードマン〉の鱗から作られたという鱗鎧〈スケイルメイル〉を装備している。

最低限、魔物から身を守る装備がこれだそうだ。兵士長から『これで勇猛に戦ってくだされ!!』と激励されたのを思い出す。

戦い方や、スキルについて教えて欲しいと頼んでも、『勇者様にお教え出来る事等ありませぬ!!』と笑い飛ばされてしまった。

トゥレンディア王国の人間は、セイジに何も教えてはくれなかった。

自分が、勇者である事がわかると、この国を、世界を救ってくれ。と大義名分を押し付けてきた。

そんなに国が嫌で、貰った金で宿も取らずに世界樹まで戻ってきたのに。


「どうして、こうなるんだ」


セイジは腰の剣を抜き、ザワザワに向けて構える。

鉄製の剣は重く、腰が曲がってしまう。無理もない。剣等生まれてこのかた構えた事はない。

孤独と恐怖がセイジにのしかかり、更に腰が曲がる。

息が荒くなり、身体が震えた。

今すぐ全速力で逃げてしまおう。とも思ったセイジがだ、身体が全く言うことをきかない。

マズい、すぐそこまで来ている。

いっそ茂みごと叩き切るのが得策だろうか。先制攻撃を仕掛けたほうが勝機はある。

セイジは剣を大きく振りかぶり、茂みに向かい突撃しようとする。

大きく息を吸い込み、狙いとタイミングを見定める。


・・・ここだ!!



大きく踏み出そう力を入れたセイジだったが、彼はその場で大きく転んでしまう。

一瞬呼吸が止まった。思考が追いつかない。

何故転んだ??

その答えは意外な形でセイジにやってくる。


「・・・っ!!」


右足に鋭い痛みが走った。

慌てて押さえると、予想だにしないものが右足から突き出ているのが分かった。


「矢・・・??」


それと同時に、後方の茂みから魔物が姿を現す。

1mくらいの緑色の身体。魚眼のように突き出た眼。額に小さな角。両手には弓と矢を持っている。


「小鬼種〈ゴブリン〉、か・・・・??」


そのゴブリンは、ギャギャギャと狙いが的中した喜びを噛み締めている。

それを待ち望んでいたのか、茂みの中から続々とゴブリンが現れた。

合計4体のゴブリンに囲まれる。

それぞれ赤や緑、茶色の見た目をしている。装備はそれぞれ小剣であったり、棍棒であったり、弓矢であったり。


絶望が、死の絶望がセイジに忍び寄る。

セイジは狩りの獲物にされたのだ。

油断させ、注意を逸したところで遠距離から足を断つ。

まるで人間が動物を狩る様に、ゴブリンはセイジを狩っている。

どうして。

何が起こっている。

何を間違えた。

言葉にならない感情と、右足の痛みが更に絶望へとセイジを叩き落とす。

誰か、

誰か助けて。

助けてくれ。

それは声にならなかった。

この世界は常に、死と隣り合わせの世界だった。

弱い者は食べられる。

セイジは弱かった。ただそれだけだった。


「助け・・・て」


泣きながら懇願するセイジの頭部に、棍棒が振り下ろされる。

一撃だった。

ゴキっと言う音と、何かが粘着する音がセイジの頭の中に響いた。

涙で歪んだ視界が、徐々に朱く染まっていく。

セイジはそれ以上、何も考える事はなかった。

体温が無くなって、冷たくなっていく身体。

寒い。

視界がぼやけていく。


そしてセイジはその場で息を引き取った。

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