1章 転生 2
穏やかで、気持ちの良い昼間だった。
ざわめく木々の木漏れ日がこんなにも柔らかで、暖かいものだとは知らなかった。
アウトドア派の人間であったなら、ここでキャンプやピクニックをすればどれだけ有意義であろうか分かるものだろう。
セイジは一人、自分の始まりの場所。世界樹の元へ戻ってきた。
廻り一面を広大な森に囲まれた小高い丘。そこに世界樹と呼ばれる大樹がそびえ立っていた。
幹は家が数棟は入るくらいはあるだろうか。高さに至ってはもはや図りようがない。根本から見上げれば、視界一面世界樹の葉でびっしりだ。
世界樹といえばファンタジーの定番でもあるだろう。
数々のゲームや漫画、ラノベにその名が存在する。その世界の根幹に関わる重要機構であったり、信仰の対象として崇め奉られたり、とにかくその世界に暮らす者にとってかけがえのない唯一の樹木である。
かくいうこの世界樹も同様だ。
信仰、とまではいかないが、この世界樹は"異世界より勇者を召喚する役割"を担っているらしい。
麓の村の村長曰く、世界樹より天貫く光が昇りしとき、勇者が降臨する。らしい。
現に自分はそうやって召喚されたようだ。
セイジは、ゴツゴツとした世界樹の幹に触れてみる。
何も特別な感じはしない。
ただの大きな木だ。
触れれば、世界樹の女神様が出てきて、何をすればいいか神託を授けてくれると思っていたが、完全に当てが外れてしまった。
ふうっと軽い溜息をついて、セイジは世界樹に背を向け寄りかかる。
この世界に来て、初めて見た景色と同じだ。
見たこともない草木、花々。広大な森。背後から伸びる世界樹。
ただ呆然とその景色を見ていた。
会社帰りだった。
一人暮らしだったので、いつものように弁当に酒と菓子を買い、いつもと同じ帰路についていた。
スーツ姿で鞄とビニールを下げながら、人混みの中を上手い具合に進む。
ビル群と街灯が照らす夜の街並み。
最初はこの喧騒が煩わしくて仕方なかった。
しかし慣れというものは怖い。一月もしないうちに全く気にならなくなった。
慣れ親しんだ通り。そこを曲がって少し行けば自宅のアパートが待っている。
今日もまた酒を飲みながらネットゲームに耽るのだろう。
しかしその手前の信号で歩みが止まる。
運がない。赤信号だ。
セイジは、ここの赤信号で停まってしまうと今日は運が無いと思ってしまう。
今日はといっても、もう数時間もすれば日付も変わってしまうのだが。
「ドロップ運が無くなったかもなー」
全身の力が抜け、溜息のように呟く。
占い等信じないくせに、よくわからないジンクスは信じてしまう自分に辟易する。実際はそんなの確率でしかないと分かっているのに。
星の見えない空を見上げ、そんな自分を笑ってみる。
そして異変に気付く。
急に方向感覚がなくなり、宙に浮いているような感覚に陥る。
気持ちが悪い。
心と身体がぐちゃぐちゃのバラバラになり、また一つになるような。膨大な何かが一瞬で頭の中に入ってくるような。
言いようのない何かに迫られ、それは終わった。一瞬の事だった。
瞬きする一瞬にそれは起こり、目を開ければその景色は広がっていた。
数分、まさに今のようにただ呆然とその景色を見ていたのだった。
一瞬で現実離れした風景が現れたのだ。常人、いや誰も理解など到底出来ないだろう。
何分が経ち、落ち着きを取り戻してきてからは一般的だった。
自身のスマホは当然圏外。表示してある時刻も合っているとは思えない。
爽やかな風が吹き、明るい。太陽であろうか。昼間のようだ。
数時間すると日が傾き、夕焼けに包まれると、自転公転している惑星なのかと思うようなった。
その日はそこで野宿となった。
なんせ夜に得体の知れない森になど入れる勇気は持ち合わせていない。
布団も何もない。
ただ草原に寝転がる。
自分は何処かに飛ばされたのか。
はたまたこれは俗に言う異世界転生なのか。
疑問は晴れることはなく延々と巡る。ついには一睡もしないまま朝日を迎えた。
目と頭が重く、意識がはっきりしない。持ち合わせていた弁当は食べたが、酒は飲む気にはならなかった。
だらだらと草原を寝転がる。どうすれば良いのかわからない。
しかしずっとこのままだったらどうしよう。不安と焦燥感は消えない。
あの森を抜けよう。
いや、でも危ないから止めよう。その2つの考えがぐるぐると思考を支配する。
「・・・おーい」
そして突然その声は響いた。
微かに、だがセイジには確かに聞こえた。
「おーい、勇者様ー」
勢いよく起き上がり目を凝らすと、丘の麓から誰かが登ってきている。
立ち上がり、セイジも大手を振って呼びかけに応えた。
味わたことの無い安堵感と、確信があった。
詐欺師か、盗賊か、普通なら疑いもするだろうが、セイジは近づいて来る者の素性等どうでもよかった。疑いも無かった。
ただはっきりと、間違いなく、これは、異世界転生!!
そして自分は、勇者様!!
なのだと思った。
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