1章 転生 1
「よくぞ参った!! 勇者よ、早速であるが魔王を討伐してまいれ!!」
綺羅びやかな宝石を散りばめた黄金の王冠。
赤をベースに、金銀の刺繍が施された衣装。
如何にも裕福そうな外見に、お洒落な白い口髭を蓄えたその老人はこの国、『トゥレンディア王国』の国王。その名もトゥレンディア国王13世である。
その国王は会うなり、開口一番、持っているこれまた豪華に装飾された杖を振りかざしながら言い放ったのだ。
いわゆる、王道ファンタジーの定番。この世界を脅かす魔王を倒して世界を救ってくれと言った決まり事ではあるが、こうも自分の目の前で、本当に言い渡されるとは。
いや、実際少しは期待していた部分もあった。
この王国に入り、自らがその’勇者’である事を王城前の門番に話したところ、まるで疑いもせずに『ゆ、勇者様!! お待ちしておりました!!』と快く城内を案内してもらった。ここまで’勇者様’をされると、誰でも今後の展開に期待してしまうだろう。
しかしながら、この王国に入って休む間もなく歩き詰めのため、お陰様で明日には筋肉痛が起こりそうだと国王の間に入ったところで深い溜息を付いたところであった。
「世界は今や、魔王により滅亡の危機に瀕しておる。あやつの魔物は民は命を奪い、家畜は殺され、皆貧困している。どうにかして・・・」
それにしても出来すぎではなかろうか。
男の頭の中は疑問に溢れていた。
ここまでとんとん拍子に王座まで来てしまっては仕方ない。本当に勇者様過ぎる。
自分はこの世界へ’転生’した。
のだと思う・・・。
最初は確信していたが、今は違う。
他の世界から転生した勇者様なのだと、世界樹の麓の村の村長から言い聞かされ、国王への謁見を強く勧められたのだ。
名は、’藤林セイジ’
年齢は、25歳。普通の会社員であった。
名字は長ったらしいし、’勇者’っぽくないので’セイジ’と名乗ることにしたのだった。
自分は、世界樹によって召喚された異世界の勇者らしい。
まさに異世界転生モノだ。
セイジはそれなりにアニメやゲームの知識があると自負している。世界樹の麓の村からこの王国へ移動している最中には、それはそれは色々な妄想をしたものだった。
世界設定や、ヒロイン、自分の能力について・・・。
これから待っているであろう異世界転生ライフに心を踊らせていた。
「・・・魔王は、この大陸の最北、竜幻山脈を抜けた先。絶望の大海の真ん中、そこの孤島に城を構えているという」
国王様は悠々と王国と魔王の因縁について語っている。
しかし、セイジの耳には届いていなかった。いや、耳から入り、そのまま抜けていったのだった。
セイジは抑えようのない不安に駆られていた。
何なのだろう、この嫌な感覚。胸を締め付けられる様な感じは。
これから実際に生き抜いて、魔王を討伐することができるかの不安??
元の自分は?? 今までの自分はどうなったのだろう?? 実はこれは夢か・・・。パラレルワールドであって、現実にはまだ自分はあの世界に生きていて。自分は・・・。
置かれている状況と、様々な考えが廻っては消えを繰り返し、その深い渦へと飲み込まれていくようだった。
「時に、勇者よ。名はなんと申す??」
セイジは、はっとなって国王を見た。
そして今まで国王の前で棒立ちになっていた自分に気がつき、いたたまれない気持ちで一杯になった。
「あ、えと・・・、セイジといいます」
セイジは、短い黒髪を弄りながら呟いた。
国王は、白い口髭を弄りながら、ふむ、と呟く。
「セイジよ。この国を代表して頼む。どうか・・・。どうかこの国を救って欲しい・・・」
「え・・・」
国王は、頭を垂れて言った。
セイジはまだ疑問と不安の渦中にいたが、国王が、こんな只の男に懇願しているのはわかった。
自分の国が、民が、危機に瀕しているのだ。こんな得体の知れない男に、ただ自らが勇者と名乗っているだけの男に、懇願しているのだ。それ程までに、この国は・・・。
「えっと・・・。頑張ります・・・」
セイジは俯きながら言った。
それは答えではなかった。
しかし国王は頭を垂れたまま、頼む。を繰り返す。
かくしてセイジの魔王討伐の旅は始まった。
しかし本人は言い表せない不安に苛まれ、どうすれば良いのか分からずにいる。
到底答えなど出せるはずもない。
目の前に困っている人がいて、自分がそれを救えるかもしれない。
たがセイジはすぐにでもそこから逃げ出したかった。
走って、逃げれば、もしかしたら自宅のアパートに辿り着けるかもしれない。
だが、なぜかその選択肢の方が現実離れしていると感じる自分がいる。自分が異世界に来てしまったと認めてしまっていた。
その、異世界転生の主人公であれば簡単に言ってみせるのだろうが・・・。
セイジには、『僕が世界を救います』とは言えなかった。
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