第8話 侵攻


 それから僕は必死に戦った。

 その総数六百十七にもなる、地球の生物の枠を逸脱した化け物たち。

 ”穴を通れるほどの小さなの魔物の群れ”を想定していなった僕はレンちゃんの状況報告を聞いて、ただただ呆けていた。


 そのあと僕は気が付けば、その悪魔のような見た目をした魔物、[グーラ]が襲い掛かってきた。

 目の前で大きな口を開けたその怪物に対して、自分でも驚くほど冷静に口の中に闇魔法を叩きこんでいた。

 僕が放ったその’ダークスフィア’は、[グーラ]を容易く仕留めた。


 見た目に反して弱い?


 そう疑問に思った僕の左腕に別の[グーラ]が噛みついてきた。


「痛ってぇ!」


 反射的に殴りはしたものの噛みついたその牙はかなり深くに入り込んでいて、今も骨をかみ砕こうとギリギリと力がこもっている。

 近くに居たダンジョンの支配下に居る魔物によって何とか剝がされたものの、その[グーラ]は多数の魔物の攻撃を受けながらもダンジョンの魔物を喰らおうと口を開けて特攻していた。


「はぁはぁ……」


 左腕を確認してみると血がダラダラと流れ落ち、止まる様子はない。

 興奮状態にあるのか、今現在は最初に感じたほどの痛みはない。


「レンちゃん、ダンジョンポイントは自由に使っていいから、もっと複雑な迷路を作って。」


 そう指示を出しながら、僕は全力で頭を回す。

 複雑な迷路は時間稼ぎだ。突破口を考え付くまでの時間稼ぎであり、加えてこのダンジョンの全ての魔物より多いこの群れの数の有利を使わせないためだ。


 僕は左腕の傷をそのままに、安全な場所まで下がり《共感覚》を使用しながらノブナガの視点で戦闘を観察した。

 各地に派遣しているノブナガだが、手のひらよりさらに小さなそのサイズから物理的な攻撃は不可能だ。

 必然的に魔法により攻撃をするのだが、百を超えた視点を見ているうちに違和感を覚えた。


 戦闘の様子はダンジョンの支配下にある魔物たちが前衛として[グーラ]と死闘を繰り広げる後ろで、ノブナガたち(ノブナガのみ)が魔法で援護している。

 今もまた、ノブナガの水魔法で脳天を貫かれている[グーラ]が映っている。


 明らかに何かがおかしい。

 

 なんだこの違和感は。

 いつの間にか腕の痛みを忘れるほどにその違和感の正体を探っていた。


 数ある視点を同時に精査するその作業はいつもの流し見よりさらに僕の頭に負荷をかける。


『ノブナガが魔法で[グーラ]を仕留める』

『ダンジョンの支配下に居る魔物が息絶えた』

『[グーラ]が二体の同族を生成し息絶える』

『ノブナガが魔法で[グーラ]を仕留める』

『ダンジョンの支配下に居る魔物と[グーラ]が相打ちをする』

『血で視界が何も見えない』

『一つ、今送られてくる視点が消えた』

『ダンジョンの支配下に居る魔物が息絶えた』

『ノブナガが魔法で[グーラ]を仕留める』

『魔力が切れて何も出来ずに食べられるノブナガの最期』

『毒を持つダンジョンの魔物を食べて[グーラ]は息絶えた』

『ノブナガが魔法で[グーラ]を仕留める』

『[グーラ]が二体の同族を生成し息絶える』

『別のノブナガの食べられる様が映る』

『声が聞こえた、レンちゃんからもう半分ほど侵攻されていると』

『ダンジョンの魔物が三体の[グーラ]によって一瞬で跡形もなくなった』

『ノブナガが魔法で[グーラ]を仕留める』

 ……

 …………

 ………………


 ああ、分かった。


 安全圏まで避難した僕の前に[グーラ]が顔を出した。

 ダンジョンの魔物、ノブナガ共に元の数の半数を切っていた。

 レンちゃんはダンジョンの操作で忙しいのか、報告ももう聞こえなくなっている。


 だけど、僕の心に焦りはなかった。


「ノブナガ集合!」


 声と共に’ダークスフィア’を[グーラ]に向けて放った。

 先ほどと同じようにその大きな口に入った一撃は[グーラ]の命を容易く奪った。

 入り口から押し寄せる多くの二対の紅い光に向け、’ダークスフィア’を乱射しながら僕は指示を出した。


「ノブナガは弾幕が途切れないように交代で入り口に魔法を撃って、レンちゃんはダンジョンポイント全部ノブナガの生成に回して。」


『全てのダンジョンポイントですか? 罠を生成することも出来なくなってしまいますが。』


 どうやらレンちゃんは罠を幾つも作って[グーラ]の侵攻を妨害していたようだ。

 だがその必要も、もう無いはずだ。


 僕は’ダークスフィア’を乱射する。

 狙いを付けずとも当たるほどの大群に一つの’ダークスフィア’ごとに一匹の[グーラ]を仕留めていく。

 そう、一発だ。


 ずっと観察してようやく分かった。


 この魔物の弱点は魔法だ。


 他のゲームにもよくあるタイプの敵だ。

 物理はめっぽう強いのに魔法になると途端に一撃でやられるタイプの物理特化型の敵。

 それがこいつだ。


 そしてそのことが分かってしまえばあとは簡単だ。

 あとは相手の攻撃が届かない安全な場所から魔法を一方的に打ち続けるだけで時期に終わる。


 本当なら魔法を撃つ味方を守る壁役が必要だが、残念ながら今のダンジョンで生み出せる魔物たちに[グーラ]を相手に壁役が出来る魔物がいない。

 だがしかし、そんなことは関係ない。

 このゲームは戦いに出る味方の数や行動する数が限られるターン制RPGでもなければ、選択肢が限られるノベルゲームでもない。


「レンちゃん、全部のダンジョンポイント使ってどれくらいノブナガが何体に増えるの?」


『今回の侵攻で減らした数も含めて……二百七十八体に増えます。』


 ノブナガ一体につき三体やれば全滅させれるってことか。

 楽勝じゃん。


 ノブナガの生成が続けられ、前に向かう水魔法の弾幕の数が増えていく。

 ただ、既に魔法が当たり、息をしていない[グーラ]の死骸を壁に大群は着々と前へと進んでいる。

 だがその速度は今までの比にならないほどの牛歩だ。


 前に躍り出た[グーラ]にノブナガが喰われた。

 すぐさま隣に居るノブナガによって仕留められる。


 少しずつ後退しながら[グーラ]の死骸を大量に生産する作業。

 針の穴にもならない小さな隙間を縫ってノブナガに食らいつく[グーラ]を即座に倒した。

 その繰り返しだ。


 思ったよりも[グーラ]が賢い。同族の死体すら喰うほどの習性だというのに盾にするだなんて。

 減っていくノブナガの数に、まるで数が減った気がしない[グーラ]の侵攻。

 じりじりとこちらの戦力を削られていく焦燥感に迫られながらも、僕は冷静に魔力を使って攻撃を続けた。


 そんな時だった。


『テイムしているユニークモンスター《イワシ》の死亡数100を確認しました。

 新たな能力を付与することが出来ます。付与しますか?』


 それは久しぶりに聞いたペレちゃんの声だった。



☆★


 俺は相棒のメルファと一緒に海底散歩へとしゃれ込んでいた。


「相変わらず真っ暗だな」


「グルァ」


 以前来た時と変わらず、何も見えないその光景に愚痴をこぼすと相棒から『そりゃそうだ、変わるはずがないだろ』と下から突っ込みが入る。

 ただまぁ愚痴をこぼすのも仕方ないだろうとこれまた愚痴をこぼしながら、今回の目的を思い出した。


「……まだこのゲームやってるのか?……」


 今回の目的は新しくこのゲームを始めた初心者の救出だ。

 このゲームでは初期のリスポーン地点は選ぶことが出来るものの、事前情報がない状態だと過酷な場所を選んでしまうクソ仕様だ。

 具体的に言うと暗い青は深海、薄い青は空など、はっきりと文字で書けばいいものを曖昧にしてしまったが故に迷惑している人は沢山いる。かくいう俺もそのうちの一人だ。

 あの最初の地図、何故か出現地の高低差を色で表してなんとか平面で表現しようとしてやがるのマジで腹立つ。三次元の地図を作ることも出来るのにこれなんだから騙そうという意図を感じざるを得ない。説明も無しなもんだからそれこそサービス最初期は悲鳴が至る所から上がっていた。


 死んだ端からリスポーンするせいで永遠と空から降ってくるエルフに何日歩いても人里にたどり着かないせいで餓死するドワーフetc……

 俺も空にリスポーンしてしまったが最初のユニークモンスターが空を飛べるドラゴンのメルファだったから永延とフリーフォールすることはなかった。


 まぁ、種族選択で吸血鬼選んだせいで地上に着く前に火に焼かれて死んだがな。


 そんなことがあったサービス開始初日だが、それを見越したように運営は修正をした。

 リスポーン地点の選び直し……ではなく開始するスキルの選び直しだった。

 それはそれは荒れた。


 どうやって生き残ればいいのかと答えを求めてネットの掲示板に書き込みをする人物が多い中、どうやら答えを最初に見つけたらしい俺はそれを拡散した。


 してしまった……

 今では俺の呼び名は《適応》さんだ。どこへ行ってもそう呼ばれる。

 最初は救世主に対する感謝交じりの悪ふざけの様なものだった。見つけたスキル《適応》の有効性が思ったよりもデカく、何よりも最初に引いたユニークモンスター「メルファ」との相性が良かったため、イベントで活躍できるトッププレイヤーになった俺に待っていたのは以前よりも知名度の増した嫌がらせのような呼び名だった。


 少しでも時間を空ければよかったと今では反省しているが、たまたま運よく見つけたレアなものを自慢したくなるのはゲーマーの性だろう。サービス開始直後の初イベントで活躍した。

 一人で大人数を相手に大立ち回りをするほどの大活躍だ。


 まぁ、変な名前の売れ方をしてしまったが、そのお陰か最初のスキル選び、リスポーン地点選びをミスってしまう新人は激減した。


 サービス開始から二年も経ち、そう言った人物も居なくなったと思ったときに入った救難信号。

 それも深海からだ。


 空であれば話は早い。

 空から落ちてくる人影を見つけたどこかのプレイヤーが生暖かい視線を向けながら対処してくれるだろう。


 だが深海には誰も居ない。

 地上から見えるわけもない上に、そこに用がある人物なんてのは滅多にいない。

 つまり通りがかるプレイヤーなんてのは居ないので、自力で脱出するか誰かに頼んで街まで送ってもらわないといけない。

 リスポーン地点を変更できないシステムに嫌気がさしてゲームをやめてしまう人が大半だが……今回の子はどうだろうか。

 竜人を選んだらしいから近くに居ればすぐにメルファが知らせてくれると思うが、さて。


「グルァァ」


 移動はメルファに任せ、掲示板を眺めながら今回は無駄足になるかと思っていた時。

 相棒のメルファからとても面倒そうなため息が聞こえた。


 聞いてみるとどうやら「悪食」と呼ばれるクソほど面倒な魔物がいるらしい。

 何よりも一度狙った獲物は逃がさないというのが嫌われている所以だとか。それも並大抵のものではなく、死ぬまでどころか死んでも味方がいつかは敵討ちをするという厄介極まりない性質をしているそうだ。

 もしも一つの群れを壊滅させてしまったときには他の全ての群れから狙われてしまうらしい。

 ドラゴン視点はいつの間にか全滅させかねないのでとても嫌われているようだ。


 そんなに嫌がるなら仕方ない他のところを探しに行こう。

 何やら大群が1つの獲物に群がっているその光景をメルファの上から眺めつつその場を後にした。

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初期装備イワシだけって舐めてんのか! 粋狂 @kou-sui

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