デザートディッシュ
@hanasakuko
デザートディッシュ
ぶちゅると音を立てて口に赤い実を含む。
鼻をくすぐる酸っぱくて、ほんのりと甘いつややかな赤い果実。
口の端から鮮やかな赤い液体が滴り、顎をなぞった。
「スイカは揚げたらきっとおいしいとおもうんだよねえ」
爪先で実をつつきながら、夢心地の表情をみせる。
ソファの隣の自分にではなく、空想上の食べ物に対して。
「カシスとチョコレートみたいに、ええと、マリアージュ。まるで、情熱的な恋人とのおーせ」
実の色になった指をこちらに向け、興奮した声で語る。その声音の先っぽまでが、艶やかな赤に染まっているようだ。
「逢瀬。口の中でとけるチョコと、酸っぱくて深みのあるカシスが逢瀬するみたいなことが、油と小麦とスイカにもあったら」
赤い実を手にとると、ぐしゅっと音がしそうなくらい齧りついて、
「すてき」
と果汁が滴り落ちる音のような声で呟く。
これはまだかかりそうだ。ソファに深く腰掛け、早る気持ちを沈めた。
「それより、今食べているものの味は」
浅く腰かけて赤い実を頬張るさらに声を投げる。
「時期ものだから、味が濃い。季節を煮出した味。味見する」
赤い実を雑に掴んでこちらに差し出す。
「いい、さらが食べて」
さらの手ごと軽く押しかえす。
「いつも果物だけど、果物愛好家っていうわけじゃないんだな」
押しかえされた実をかじりながら、もごもごと話す。
「いや、果物は好きな方だけど」
勝手にみずからの喉が鳴り、誤魔化すように続けた。
「果物単体を食べるよりも美味しい食べ方を知ったら、もう果物だけでは満足できなくなったかな」
さらの口元、咀嚼する口の動きを見る目に熱がこもる。
「きっかけは、たまたまレストランを出た後にキスした相手の口が果物、たしか、ピンクグレープフルーツかなにか柑橘類の味だった。相手がデザートに選んだものが果物のコンポートかなにかで」
この話をすると、頬や首に熱がまわり、紅潮しているのが相手に知られないかどきどき心臓が揺れた。
「今まで食べた甘いものの中で最高だった」
ふう、と息を吐き出しさらの反応を待つ。
「出会ったってやつなのかな。カシスチョコレートやフライドスイカみたいなやつに」
にや、と赤い笑みをこぼす。
「フライドスイカがさらにとってそうなるといいな」
揚げたスイカなんて食べたくないけどな。青臭い脂を想像して顔をひそめた。
「思ってないくせに。どっかのレストラン帰りにキスした相手の味を上回るかもしれない運命の味かもしれない。運命の味っていつ出会うかわからないものだよ」
ぎゅう、と手で果実を潰し、さらはぺろりと舌で果汁を舐めた。
その姿を見て、身体の奥からどろりとした熱い高鳴りと、喉の奥から溢れそうな唾液の水位の高まりに我慢できなくなり、身体を起こしてさらの肩に触れた。
「そろそろ、いいかな」
懇願に近いすがる声をなるべく平坦に発音した。
「もう我慢できなくなったんだ」
赤い口に引き寄せられているのか、さらが近づいているのか。距離感が曖昧になる。
「食べたい」
いいよ、と許可するように手に持った果実を齧り、僅かに開いたさらの唇が自分の唇と重なった。
くちゅ、じゅ、う。
さらの中の咀嚼された赤い果実を舌ですくい取ろうとして水分量の多い音を立てる。
冷えた唇の赤ごと吸いつくしてしまいたい乱暴な欲求にかられる。
さらはそれを察したのか、からかうようにすっと唇を数ミリ離して瞳をこちらに向けた。
「おいしいの」
無邪気なふりをした疑問に噛みつくように、身体を引き寄せて口を塞いだ。
顎の端から伝い、首筋をなぞり、したたり落ちる赤い実と体液が混ざり合ったデザートソース。
「口の中ってどんなあじ」
荒々しい捕食者の頭をおさえながら気だるげに発する赤い言葉。
「つめたいよ」
「ふ、ふふ、答えになってない。なあに、」
後の言葉も、赤い実のかけらも、ひやりとした舌の感覚も全部混ぜるように、相手の口内に舌を這わせる。
赤い実の甘酸っぱさととろりとした唾液を掻き出そうと顎に手を添えて舌全体をねじこむ。
酸っぱさが身体の芯に響く。
貪欲な犬になって餌皿の底を舐めている気分だ。
「ん、くる、ひ……」
強引に引き剥がされ、さらは涎でベタついた自らの唇まわりを指で拭った。
「満足してないかお」
甘酸っぱいであろう指先と薄い声がこちらを向く。
「おかわりはできる」
「スイカの季節になれば」
首筋の赤い線を触りながらはぐらかす。
さらは、ゆったりとしたソファから、立ち上がりシャワールームへと足を進め、
「揚げたスイカの季節にまた」
こっちを見ないまま手を振った。
さらが下げられ、赤い実の短い季節が終わった。
デザートディッシュ @hanasakuko
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