第34話 【紋章魔術】起動!


「【紋章魔術】起動」


 魔術陣を展開する。

[保管]の魔術紋の中から空の小瓶をひとつ取り出す。

 しかし、ふと依頼の内容——聖獣治療薬と同じ色と言われて困り果てる。

 聖獣治療薬ねぇ、最上級ポーションの失敗作をそう言って火聖獣様に与えていたのであって、私はそんなものを作った記憶がないのだ。

 つまり、聖獣治療薬なんてものはぶっちゃけそんなもの存在しない。

 うーん、と悩んだあと、[レシピ]の魔術紋を展開して失敗作の欄から[マナの花]を用いたもの一覧を選別する。

 共通素材[マナの花]+[水]+[デュアナの花]。

 ポーションの材料に、[マナの花]を足すともれなく毒になる。

 これまで使った[マナの花]の部位は花弁、茎、葉、そして私が若返ってしまった“根”。

 人間には毒である[マナの花]だが、聖獣様にはそれが良薬となる。

 つまり、聖獣様の治療薬には[マナの花]の毒素をどうこうする必要がない。

 素材そのままを活かせばよいということだ。

 依頼品である魅了無効薬は薬に[魔術封じ]を付与するだけなので、ぶっちゃけスティリア王女に飲ませるものは下級ポーションでも構わない。

 見た目の問題だ。

 では作るものは決まっている。

 空の小瓶を四本追加。

 魔術陣を拡げ、[保管]から[マナの花]と[水]と[デュアナの花]と[リリスの花]、そして先程得た[ドラゴンの鱗]を取り出した。

 この[ドラゴンの鱗]、薬に使用する場合粉末状にする。

 効果は素となるドラゴンの属性にもよるが、基本的に滋養強壮と耐毒、魔術耐性アップ。

 時折、小型のドラゴンのものが素材として入手できる。

 こんな大きなものは私も初めて見た。

 私の固有魔術【叡智】による[素材解析]をすると、やはりこれは耐毒性が非常に高い。

 魔獣融合でポイズンスネークが素体の一種となっているからだろう。

 この[ドラゴンの鱗]一枚を[粉末化]の魔術紋に放り込み、粉末にする。

 そこへ[乾燥]にした解毒の花、[リリスの花]と[水]を投入して混ぜて——出来上がったのは最上級解毒薬。

 さあ、下準備は終わり!


「[マナの花]の花弁と茎、葉を水に溶かして抽出。[デュアナの花]と[水]、[マナの花の抽出水]を、混ぜ合わせる」


 私の【紋章魔術】で作られる薬は少量の素材で倍の量、最大級の効果を引き出す。

 そういう“魔術”だ。

 作られた毒抜きしていないその半透明な淡い紅紫色の液体を、空の小瓶四本に注いで——完成!


「できました! これが私の本気で作った『聖獣治療薬』です!」


 失敗作ではない。

 私が、これこそ聖獣治療薬である、と思って作ったものだ。

 だから【叡智】の[薬品解析]でもしっかり

[聖獣治療薬]品質:良

 と出ている。

 このレシピをベースに、先程作った解毒薬を聖獣治療薬に、混ぜる!

 色合いは混ぜ合わせる間に淡い紫紅色に指定、着色。


「……っ」


 できた。

 できてしまった、ついに。

 私が長年追い求めていた——最上級ポーション。品質は良。

 ……十分だ。

 なんだ、こんなに簡単にできてしまうなんて。

 今まで試行錯誤していたのが、ばかみたい。

 でも、これまでの失敗作がなければ聖獣治療薬はできなかったし、それをベースにして最上級ポーションを作るなんて、思いつかなかった。

 なにより最上級解毒薬には[ドラゴンの鱗]が必要。

 それも今までに試した[ドラゴンの鱗]では、ここまでの効果は出せなかっただろう。

 嬉しい。

 やった。

 やり遂げた。

 ついにできたんだ。

 私は作った。

 この世であらゆるものを治癒する奇跡の薬——最上級ポーションを。

 涙が出た。

 でもそれを拭う。

 だってこれで終わりじゃない。

 私は私の夢を叶えた。

 もう十分。


「では、無毒化したこの薬に[魔術封じ]を付与します」

「おお、いよいよ我らの出番だな」

「はい! よろしくお願いします!」

「ところで、俺は[魔術封じ]の魔術は使えないんだけど……なにを手伝えばいいんだい?」

「ルシアスさんにはこの薬に水と土の属性付与をお願いしたいです。[魔術封じ]ではなく」

「? そんなことでいいのかい?」

「はい」


 魔術陣を組み替える。

 薬に魔術を付与する時の[付与]の魔術紋の上に、最高級ポーションを置く。

 私の夢。

 私の生きる目標。

 叶ってしまったから、未練はない。


「火聖獣様、風聖獣様、ルシアスさん、属性付与をお願いします! 付与開始——[魔術封じ]!」


 最上級ポーションは、あらゆる病、怪我を癒す。

 それこそ欠損部位の回復、息が絶えたばかりなら死者蘇生まで可能と言われる。

 残念ながらそれを試す機会は恵まれなかったが、作り方はわかったし[ドラゴンの鱗]はまだあるので、作り直したければ作り直すことが可能。

 だから後腐れなく——土、水、風、火の四属性を得た最上級ポーションを、変質させられる!


「これは!」

「治癒効果を無効化に変質させました。これでありとあらゆる魔術が無効化できます」

「……っ……み、魅了無効と言ったのだが……?」

「魅了無効の魔術は持ってないので、こっちの方が手っ取り早かったので」

「…………」


 ルシアスさんに頭を抱えて天を仰がれてしまった。

 ひどい。

 私依頼されたものを作っただけなのに。


「な、なにがどうなったの?」

「あ、えっと……今私が作ったのは最上級ポーションなんですけど」

「最上級ポーション?」

「最上級ポーション!? あ、あの伝説の!?」


 おお、ルシアスさんは知ってたんですね。

 そうです。

 その伝説の、です。

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