第35話 だいたい私が悪い


 ダウおばさんは薬に明るくないから、首を傾げているけれど。

 まあ、今そんなことはどうでもいい。


「とりあえずなんかすごい薬だと思ってください」

「え、ええ」

「そのなんかすごい薬の効果を、火聖獣様と風聖獣様、ルシアスさんに[属性付与]の魔術をかけてもらって効果を[変質]しました。これは私が使える[変質]が土と水の属性だったんですがそれでは足りなかったのと、四属性が揃うことで[治癒]の魔術に変質するところを利用しました」

「は、はぁ」


 だめか。

 難しかったか。

 仕方ない。


「えーと、じゃあわかりやすく言うとすごい薬の治癒効果を、四属性を利用してぐにゃっと捻じ曲げて、無効化っていう効果に変えたってことですね!」

「あら、なんだかもったいないわねぇ」

「そうですねぇ。でも私一人ではこの薬……魔術薬は作れなかったので、とっても楽しかったです!」

「それならよかったわね!」

「はい!」


 なにしろこれは薬は薬でも『魔術薬』に部類される。

 魔術薬は普通の水に魔術を付与していく、ちょっと毛色の違う薬。

 薬作りに定評のある私だが、[魔術封じ]にて封じられる魔術に偏りが凄まじいので魔術薬は専門外だったりする。

 なざなら魔術薬って魔術師のような、魔術のエキスパートが作るものなので。

 畑違いなの。

 薬と名がついているけど。

 これが得意なのは城で魔術師でもあった魔術薬師、ディニアという女性薬師。

 最初は気さくだったけど、ある時からすごく攻撃的になったのよね。

 なんでだったっけ?


「すごいものを作るな。あらゆる魔術を完全に無効化し、使用できなくする魔術薬……。これはこれで伝説級の代物なんだが」

「危ないので口のところにリボンをつけておきますね。間違えて口にしないようにしてください」

「も、もちろんだ」


 これ、本当に危険物。

 飲むと魔術が一切使えなくなってしまうし、使った魔術効果をすべて解除してしまう。

 半永久的な効果持続時間。

 新たに魔術を習得することもできない。

 なにより、聖獣様のご加護まで付与されているのだ。

 他者に対して悪影響のある魔術の類は特に無力化が早かろう。

 これを解除するには、最上級ポーションを飲むしかないだろうな。

 ピンクのリボンを巻いて、ルシアスさんに手渡す。

 ついでに作った聖獣治療薬も、二本をルシアスさんに手渡して残り二本を火聖獣様と風聖獣様に献上した。

 ご協力ありがとうございました。


『おお! これが我ら専用の薬か!』

「飲んでもよいか!?」

「よいですよ。美味しくなかったら、次回から味の調整も行うのでお申しつけください」


 ちょっと風聖獣様は「あの羽根のおててでどうやって蓋を開けるのだろう?」と思ったけれど。

 そこはダウおばさんの羽根と同じく、先の大きな五本の羽根が固くようだ。さすが。


『素晴らしい! では早速……』

「あ、火聖獣様は私の方で一時お預かりしてもよろしいでしょうか? 来月、聖森国だけでなく崖の国でも聖獣祭がありますので……」

「む? ふむ……確かに聖獣祭に献上された方が、効果はあがる、か。よかろう。どうするのかはわからぬが、最終的に余のもとに届けばよい」

「ありがとうございます。必ずや、火聖獣様のもとへお届けします」


 火聖獣様もまたウキウキ蓋を開けて飲もうとしたが、ルシアスさんがそれに待ったをかける。

 来月、聖森国と崖の国では聖獣様へ快方の祈りを捧げる聖獣祭があるのだ。

 王族は聖獣様へ、毎年祈りの籠った捧げ物をする。

 ……赤ちゃんの頃カーロは、その聖獣祭でスティリア王女により“捧げ物”にされた。

 もちろん、本来そんな捧げ物が許される祭りではない。

 聞いた話では、その年に獲れた最高級の食材を用いたお料理や、果実などが捧げられる。

 でも、聖獣治療薬が聖獣祭で捧げられると、火聖獣様みたいに元気になって、人の姿に化ける力まで取り戻すようになるのか。


「それにしても魔術薬だなんて、ディニアを思い出すわ〜」

「え? ダウおばさん、ディニアを知ってるの?」

「アラ! ミーアもディニアを知ってるの!?」

「城の薬師の同僚だったの」


 なぜか嫌われてたけど。


「そうなのね! 元気だったかしら? あの子ね、昔狭間の森に捨てられてたのよ。アタシが育てたの! けど、やっぱり人間だったから、成人したら崖の国に戻った方が幸せになれるんじゃないかって思って……それを口にしたら怒って出て行ってしまったのよ」

「あー」


 以前おばさんが話してくれたことのある、“人間の娘”のこと。

 え?

 ディニアが?

 ディニアがダウおばさんの娘だったの?


「でも、崖の国で魔術薬師になったからって手紙と魔獣除けのお香をたくさん送ってくれるようになったのよ。嬉しかったわ」

「そうなんだ!」

「それに、アタシが足を折った時も上級ポーションを送ってくれたのよ。もう嬉しくて嬉しくて……。でも、ルナの木の実を送ったら『二度と送ってこないで!』って怒られちゃって……はぁ……」

「そうなんだ……ルナの……木の実……」


 あ。

 ダラリと汗が噴き出した。

 あ、ああ、そうだ。

 新人で城に入ったばかりの頃、ディニアに色々教えてもらったお礼に上級ポーションを作って渡したんだ。

 なんか「お母さんが足を折って困ってるみたいで」って言ってたから。

 そしたら、「お母さんの骨折が治ったの! ジミーアありがとう! アンタのポーションすごいわ! これ、お礼よ! ルナの木の実っていうの! 甘くて栄養満点でアタシの大好物なのよ!」ってすごい嬉しそうに喋りながらルナの木の実を置いて行って……私はそれを半分食べて……薬の材料に——。


「…………」


 嫌われるようなことを、やらかしてました、ね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る