第23話 間話 聖森国の城【後編】


「聞いてくださぁい! わたくしの故郷、崖の国で解熱薬が足りないからわたくしに作れと使者が送られてきたんですぅ。ひどいと思いません? 崖の国にいた頃は、わたくしを『醜い』と罵り、会いにも来なかったお父様、お母様……わたくしはこの国の王妃になりますのに、今なお働かせようというのですわ!」


 しくしくと本当に涙を流して泣くスティリア。

 それにようやく顔を上げる聖森国の王太子。


「解熱薬……もしや斑点熱ですか?」

「ええ……可哀想な祖国の民。父の手抜き政治の犠牲になってしまったのです……」

「なってしまった? 解熱薬を作れという依頼だったのでしょう? あなたが作れば間に合うかもしれないのでは?」

「……そ、それは……」


 にっこりと微笑む王太子に、うっかり見惚れてしまうスティリア。

 しかし、すぐにハッと我に返り部屋を見回す。スティリアの[魅了洗脳]はちゃんと展開している。

 それなのに、この王太子はものともしない。


(やっぱり効かない……。普通、魔術は人間の方が得意だし、魔力量も人間の方が多いのに……)


 聖森国の王太子は完全に人間の姿と獣の姿のふたつを使い分ける獣人だ。

 今目の前にいる彼は作業しやすいようにと人の姿をとっている。

 美しく整った顔立ちと、毛先が黄色い白の髪。

 斜めに青い一房が横切り、それと同じ青の瞳。

 毛先の黄色は土聖獣の加護。

 一房の青と瞳は水聖獣の加護。

 そう、この王太子は聖森国が信仰する土聖獣と水聖獣の両方に加護を与えられた強力な加護持ち。

 スティリアの固有魔術[魅了洗脳]が通じないのは、ある意味当たり前。


(ま、そんなの関係ないけどね)


 彼に通じなくとも彼の周りには通じる。

 スティリアの思い通りにならないのなら、スティリアの思い通りになる者で孤立させればよい。

 なんてことはない。

 やることは崖の国と同じだ。


「そういえば——解熱薬なら我が国に予備の在庫が余っています。スティリア王女がお望みならば、崖の国にお贈りしましょうか?」

「え! 本当ですか!?」

「ええ、スティリア王女が例の『聖獣治療薬』を作って提供してくださるのなら」

「えっ」


 柔らかな微笑みで、とんでもないことを言ってきた。

『聖獣治療薬』とは、通常の薬が効かない聖獣を癒す薬。

 スティリアが“薬師の聖女”と呼ばれる所以のひとつだ。

 だが、実際にはスティリアは薬を作ったことなどない。

 スティリアはとある女薬師の作った大量の薬をばら撒き、国民からの人気を集めていただけだ。

 その女薬師が開発した『聖獣治療薬』……なにかの薬を開発しようとした、その産物でしかないというその薬。

 国の神たる火聖獣の傷を治癒し、目覚めさせた奇跡の妙薬の開発者として、スティリアはその功績すら奪い去った。

 この国——聖森国には土聖獣と水聖獣の二体の聖獣が今もなお眠っている。

 信仰する二体の聖獣を癒やし、目覚めさせたいと考えているのは最初からわかっていた。


「そ、それは……」

「ひとつで構いませんよ。それであなたの故郷の多くの命が救われるのなら、安いものでは? 母国を想う聖女の御心に、故郷の民はさぞ喜ばれることでしょうし?」


 聖森国の聖獣は崖の国の火聖獣にとって敵だ。

 そういう信仰上の理由で断ることもできる。

 この部屋にいる自分の侍女や、護衛の兵もみなスティリアの[魅了洗脳]で言いなりになっているのだから。

 だがこの王太子だけは違う。スティリアの魅了も口車も通用しない。


「……わ、わかりましたわ。父も母もそれならば納得してくださることでしょう」

「では、こちらで十万本の解熱薬を崖の国に手配しておきます」

「十万本!?」

「ええ。たまたま、余っていたので」

「…………」


 にっこりと、それでいて妖艶に微笑む王太子。

 その微笑みに胸がときめくスティリア。

 魔力など使わずとも、彼にとって魅了は容易いものだ。

 すぐにまた我に返ったスティリアは「では、材料集めに行かなければ。失礼しますわ」とごまかして執務室を出ていく。

 もちろん、聖獣治療薬など作り方はおろか材料すら知らない。

 こうなってしまっては、あの捨てた本物の“薬師の聖女”を連れ戻して作らせるしかないだろう。


(あの薬師が死んでたら、適当に色をつけた水を聖獣治療薬ってことで渡せばいいのよ。わざわざ聖森国の聖獣を元気にしてやる義理なんてないし)


 ふふ、と笑ってスティリアは自室に向かった。

 花嫁修行も薬の材料集めもやる気は皆無。

 それでも一応、侍女のひとりに「薬師を探させて」と言いつける。

 生きていたら生きていたで使い道はありそうだ。


「ああ……本当にいけずな方……。わたくしの思い通りにならない、そこがまた素敵! 必ずわたくしのモノにするわ。覚悟してくださいましね、ルシアス様♡」

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