第19話 意地悪タルト


「狩りに行くけど、行くか?」

「タルト!」


 ヒョイ、と横から顔を出したのはタルト。

 後ろにはカーロもいた。

 すでに弓矢装備済み。

 二人は最近狩りに行く回数が増えている。

 村人が増えたからだ。

 小麦はまだ収穫期ではないから、お肉を多めに獲ってこなければ足りなくなる。

 食糧が足りなくなるのは、森の中では致命的。


「行く!」

「風聖獣様に挨拶してから行く」

「うん、わかったよ」

「アラアラ、三人とも森に行くの?」

「うん」


 ルシアスさんの荷馬車に商品を見にきていたダウおばさん。

 しゃがんで私の体を長い羽根で引き寄せると、もふもふの羽毛に埋める。


「気をつけて行くのよ。最近狩りに成功してばかりだけど、そうして気が緩んだ時が一番危ないの。獲物だって死にたくないから必死で抵抗してくるわ。絶対に気を抜いてはダメよ」

「わかってる」


 同じように抱き寄せられたタルトとカーロも、ダウおばさんの羽毛には抗えないのかすっかり埋もれてしまった。

 さらさらで、ふわふわで、もっふもっふで……抗い難いよねぇ……わかるー。

 羽根の表面がさらさらとした感触なのに、その下にふわっふわの羽毛がびっしりで中はものすごくあったかい。

 長くいると暑いくらいだ。

 そんなもふもふとした場所にどこまでも埋もれて目を閉じると、ささやかな獣臭……。

 それをうんと吸い込むと、体の中までポカポカしてくるの。

 幸せ……。


「行くぞ」

「あー」


 ダウおばさんの胸の中はずっといると暑くなるけど、暑くなる前に引き摺り出されると喪失感がものすごい。

 タルトに引っ張り出されて森に入る。

 後ろからついてきたカーロは、すでに弓矢をいつでも放てるようにセット済み。


「デカイのほしい」

「危ないよ」

「ルシアス来てる」


 タルトの言いたいことはわかる。

 ルシアスさんが来ているから、大物を捕まえて食べさせてあげたいんだね。

 けれど最近この辺りは人が増えたことで狩りの回数が増え、自ずと獲物も減っている。

 大物を狙うなら少し遠出しなければならない。

 風聖獣様からの加護で[浮遊]の魔術が使えるから、大型の獲物も運ぶのは苦ではないけれど……あんまり遠くに行くと縄張りの違う別種の魔獣とかが出てくるかもしれないし……。


「……」

「っ」


 タルトが振り返ったのはカーロ。

 私があまり乗り気じゃないから、賛同者がほしいのだろう。

 でも残念。

 カーロも首を横に振る。


「なんで」


 あ、これはタルトが意地悪だ。

 カーロの声はまだ出ない。

 それなのにそんな聞き方をしたら、カーロが答えられずに困ってしまう。

 やはり声の出ないカーロは反対する理由を言葉にできずに困ってる。


「タルト、それは意地悪だよ」

「行く」

「タルト!」


 こうなると私の言葉も届きそうにない。

 もう、仕方ないなぁ。

 怪我をしてもポーションは[保管]の魔術紋の中に入っているからすぐ使える。

 もちろん二人が怪我をしないのが一番いい。

 そんな風に、他人事に考えていたのがまずかったのだろう。


「わ、大きな川……」

「流れ速い。あっち大きな滝ある」

「そうなんだ。気をつけないとね」


 つまり崖の国が右にあって、聖森国が左にあって、その間にこの狭間の森があるんだけど、狭間の森の真ん中には大きな麦畑があり、崖の国と聖森国を繋ぐように風聖獣様がいるユグラスの谷とこの流れの早い大きな川があって、この川の最終地点がユグラスの谷で、川が谷に落ちる滝がある……的な地理なのかな?

 薬作り以外はからっきしな私……精一杯の脳内地図……迷子にはなりたくないからとりあえず麦畑を目指せばいいってことで?


「跳ぶ」

「ちょっとぉ!?」


 けれど、そんな私の配慮など、半獣人のタルトにはなんのその?

 川の間にあった大きな石にぴょいと飛び乗り、向こう岸に渡ってしまう。

 いやいやいやいやいや、待ってほしい。タルト、君は半獣人だ。

 私やカーロとは運動能力が根本的に違う。

 ご覧なさいな、カーロも顔を真っ青にしているではないか。

 恐る恐る「カーロは跳べる?」と聞いても全力で顔を左右に振っておられる。

 安心してほしい、私も無理だ。


「早く」

「ええ、無理だよぉ!」

「ん」


 早く、と促される。

 白い尻尾がピーンと立っているので、絶対不機嫌だ。

 カーロと顔を見合わせると、カーロの方はすぐに意を決した顔になった。

 本気かな?


「……」

「え、ほ、本気で行くの? 無理だよぅ」

「……」


 私は無理だ。

 大きな岩に跳び乗るなんて絶対にできない自信がある。

 それでもカーロはタルトを不機嫌にさせている方が嫌らしい。

 私に手を伸ばして、濡れるのを覚悟だ、と言わんばかりに頷く。

 ほ、本気かな?

 ……本気か。

 二人に取り残されるのは、それはそれで不安。

 観念してその手を掴み[浮遊]で岩まで移動を試みる。

 しかし、[浮遊]の魔術は浮かすだけ。

 浮いての移動は[飛空]という別の魔術。

 これは誰かに引っ張ってもらわねばならない。


「タ、タルト、やっぱり無理だよ、そっちには行けないよ〜」

「もー」


 もー、はこっちのセリフである。

 浮かんだままでは危ないからと、カーロと自分の体を地面に戻そうとした時気がついた。


「わぁ!」

「っー!」

「!? カーロ! ミーア!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る