第20話 遭難


 私とカーロの体は風に流されて、川の真ん中あたりまで一気に流された。

 大変だ、どうしよう。

[浮遊]はそんなに高く浮かべない。

 風魔術に関して、私はズブのど素人なのだ。

 みんなには【紋章魔術】を風聖獣様のご加護で使えるようになった、と説明しているが、製薬系の魔術は基本的に土属性と水属性の複合。

 なお、土属性と水属性なら他の魔術も使えるのかと言われるとそちらもからっきしである。

 水魔術の基礎である[水操作]や[水生成]すら使えないのだ。

 だって川から水を吸い上げる[水操作]すら、【紋章魔術】の魔術陣の一部、魔術紋を動かさねばダメという有様。

 じゃあ【紋章魔術】を起動させ、[水操作]で向こう岸——タルトのところまで行けばいいんじゃないか、って思うでしょ?

 私も党是それは考えましたよ?

 無理無理。

 不慣れな風魔術[浮遊]を使いながら[水操作]まで使うなんて、私そんなに器用じゃない。

 魔術のプロや天才なわけでもないもの。

 私の薬魔術特化を甘く見ないでいただきたい。

 というわけで、つまり——。


「いやー! 無理無理無理ムリー! 私泳げないのー!」

「……っ! っ!」

「カーロ! ミーア! こっち!」


 川の上の空気の流れに攫われる。

 向こう岸でタルトがどんなに手を伸ばしても届かない。

 私はカーロにしがみつき、向こう岸を私たちの移動に沿うように走るタルトに手が届くところへ流れるのを祈るしかできなくなった。

 けれど、私はここでも大変なことに気がつく。

 ——[浮遊]の維持時間がもうあまりないということだ。

 先程も言ったが私は風属性に適性があったわけではない。

 適性の後づけは、よほど鍛錬を積んだか私のような加護を与えられたか、そのどちらかである。

 そして後天性の適性は、上手く伸びない。

 なので、今のところ[浮遊]しか使えない私には、魔術の維持時間の限界があっさりとくる。


「もう、むり……」

「ミーア! がんばれ! お、大人連れてくるから!」

「カーロ、ごめ……」

「カーロ! ミーア!」


 タルトの声。

 カーロにしがみついたまま、私は[浮遊]を切ってしまう。

[浮遊]が切れれば、私とカーロは流れの速い川の真上に真っ逆さま。

 ドボン、という音と冷たい痛み。

 その温度差と、衝撃で——私の意識は瞬く間に遠のいた。


 ***


 ゆっくりと目を開けると、薄暗い岩肌の天井。

 寒い。

 ここはどこ?


「……」

「あ……かーろ……」


 目の前を不安そうなカーロの顔が覆う。

 赤い髪から滴り落ちる水滴で、なにが起こったのかを思い出した。

 そうだ、私たち、川を渡ろうとして失敗したんだ。

 なんとなく頭や足、背中も痛い。

 寒気もするし、歯の奥がカタカタ鳴る。

 こんなにあちこち痛いのは、子どもの姿になった時以来かもしれない。

 それに、この強烈な寒気。

 もしかしなくても、熱出てる?

 私って自分が思ってるより虚弱体質なのだろうか?


「っ……っ……」

「……カーロ……は、大丈夫?」


 目線だけで周りを見回すと、洞窟みたいなところ。

 でも、その入り口からは水がたぽたぽと入ってきている。

 場所がまったく検討もつかないが、とりあえずあの川の縁に洞窟があったらしい?

 カーロが私をここに運び込んで寝かせてくれてる、という感じだろうか?

 声の出ないカーロに詳しい状況を聞くことは諦めて、カーロ自身の無事を確認する。

 パッと見た限り、頬や腕などに擦り傷が見えた。

 この程度ならポーションで治る、と【紋章魔術】を起動させて、少し乱暴だが上からぶっかけさせてもらう。

 量的に、私にも。

 息を止めてたから、怪我はこれでオーケー。


「!」

「怪我は、大丈夫……」


 そう、怪我は大丈夫なのだが、私は多分、これは熱が出ている。

 解熱薬を飲もうと、【紋章魔術】を引き続き動かすが——なんということだろうか、解熱薬の材料である[水]が足りない。

 洞窟の出入り口にたぷたぷしてる川の水を、と思うが【紋章魔術】の効果範囲外……!!

 本当にあと少しなのに、届かない! なんてこと!


「はあ……はぁ……み、水……」

「!」


 少しでもあれば、足りる。

 でも熱がどんどん上がっているのか意識が朦朧としてきた。

 カーロが私の側から離れ、両手で水をすくって持ってきてくれたのに、【紋章魔術】を維持するほどの意識が保てない。

 それをカーロがどう思ったのか、口の中に少しずつ水が注ぎ込まれた。

 こくん、と少しずつ嚥下する。

 あ、美味しい……。


「…………」


 うっすら目を開けると、カーロが泣きそうな顔をしていた。


『カーロは……タルトの両親が亡くなった時に側にいたんだよ。それが原因で声が出なくなったんだ』


 ルシアスさんの言葉が蘇る。

 カーロは、タルトの両親が亡くなる時に、側に——いた。

 亡くなったところを見てたから、そのショックで声が出なくなった。

 私の作る薬では、直すことのできない心の傷。

 瞳に宿る強い恐怖心に、しまったなぁ、と思う。

 こんな死にかけの私を見たら、カーロはきっとその時のことを、思い出してしまうのでは?


「さむい……」


 熱でとても寒い。

 水に濡れた体。

 陽光の差さない洞窟の中。

 水分補給できたのはありがたかったが、体がどんどん冷えていくのを感じる。

 自分の中の体温が下がっていく感覚というのは——恐怖だ。

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